「娘の『つ』がとれました。」
このブログにそう書いてから、丸10年がたちました。
「つ」は、年齢を数える「ひとつ、ふたつ…ここのつ」の「つ」。10歳(とお)になり「つ」が取れたら、それまでと同じように子ども扱いしてはならない。そんな話に触れながら、娘の10歳の誕生日に感じたうれしさと寂しさをつづった話でした。
https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/skipcolumn/201609/0018572974.shtml
あれから、10年。20歳、「ハタチ」になったのです。
今や法的には「18歳成人」となったものの、親としてはやはり、ハタチが「本物の大人」の節目に感じます。
「ここのつ」最後の日に普通に「おやすみ~」と言ってしまった10年前の反省を生かし、何としてでも「10代娘との最後の会話」を胸に刻もうとする母(わたし)。しかし、小4だった彼女も大学2回生、夜もバイトや友だちとの約束に忙しく、「いつ帰ってくるのか?てか、帰ってくるのか…!?」すら把握できない点に、成長と親離れを感じます。
「ねぇ、10代最後に会えるのいつ!?」
しつこく食い下がったおかげで、何とか「さよなら10代!」を娘に伝えることができました。
誕生日当日、「大人」になったのを機に、娘が使っていた赤ちゃんグッズの中でかさばるものをいい加減処分しようかと、クローゼットから抱っこひもを引っ張り出しました。
じっと見つめていると、赤ちゃん時代の表情や声、においまでよみがえってくる気がして、涙がボロボロこぼれました。
あのとき、娘との時間をもっと楽しんでいたら。
あのとき、抱っこできるのもほんの一瞬だと分かっていたら。
あのとき、あのとき…
初めての出産は予想の100万倍壮絶で、まだ鍛えられていなかった乳首は授乳のたび悲鳴をあげるほど痛く、おっぱいをあげても抱っこして歩き回っても泣き続ける娘に、「もう、どうしたらいいの…」と、一緒に泣いたこともありました。
「寝てくれ…!」という念が強すぎて抱っこもガチガチだったのだろうと、今なら分かりますが、当時はとにかく、泣かれるのが怖くて、しんどくて、一日中眠くて疲れていて。2人きりの時間が1秒でも早く過ぎるよう祈っていたのでした。
とは言え、赤ちゃん育児真っ最中のママパパたちに、根性論で「あっという間に大きくなっちゃうから、今を楽しんで!」と言うつもりはなく、
貴重な日々を楽しめるよう、子育てをちょっとでも支えられたらと、ひろばを開いたり市や県の子ども子育て会議で意見を言ったりする毎日です。
…で、完全に忘れていましたが、10年前のブログは「『大人ママ』の階段を上り始めたからには余裕と広い心を持たねばと決意した」との言葉で、締めくくられていました。
よ、余裕!広い心…!!
アラフィフとなり、体の老化だけは着実に進行する一方、子どもたちの学校からの電話には相変わらず震えあがり右往左往する未熟さ。
ただ、上2人の育児で「子どもの子ども時代、一瞬」を痛感し、小2次男の「抱っこ!おんぶ!」リクエストも体力の限界までこたえようと、ハアハア言いながらおんぶして歩く大人ママ。悔しくて思いきり泣く姿も今だけかと、笑いながらカメラにおさめられるぐらいには、子どもたちのあれこれを楽しめるようになってきました。
娘も「ハタチ」で子育て卒業!…とは行かず、イマドキの大学はゼミの教授と保護者の個人面談や、保護者向け就活説明会など、親の出番がまだまだ満載です(◎_◎;)
この夏、わたしは保育所バイト、娘は保育実習があり、母娘で励まし合いつつ、夜な夜な「保育とは」で盛り上がることも。もう抱っこひもで抱っこはできないけれど、10月には2人で飲みに行く約束もでき、「わが子とサシ飲みで、語り合う」という新たなステージの幸せをかみしめています。
▽萩原 真(はぎわら まこと)
【降っても晴れても すきっぷびより】は、すきっぷスタッフで元記者の萩原が、3人育児のドタバタや障害のある息子との生活で感じたこと、うれしいことから尽きない悩みまで本音満載でお届けします。























