2010年10月に神戸市北区で起きた高校生刺殺事件の容疑者として、兵庫県警が公開した男の似顔絵
2010年10月に神戸市北区で起きた高校生刺殺事件の容疑者として、兵庫県警が公開した男の似顔絵

 満員の傍聴席から記者が見ているのは、30歳の男だった。大人が少年法を適用して殺人罪で裁かれようとしている。神戸地裁で最も広い101号法廷。2010年10月、神戸市北区で高校2年の堤将太さん=当時(16)=が刺殺された事件は発生から13年を経て、23日に裁判員裁判の判決が言い渡される。「17歳のときの私は…」。男は未成年だったことを強調するように繰り返し、検察席にいる遺族は厳しいまなざしを向けた。4日間の日程で争われた審理を振り返る。

■男の身元は明かさず

 男が逮捕されたのは2年前の21年8月。既に成人し、28歳になっていた。事件は発生から11年を経て容疑者逮捕に至ったコールドケース(未解決事件)として全国的に注目された。

 「批判を含め、さまざまなご意見もある中で、裁判長の対応として判断した」

 逮捕からさらに2年近くたった今月7日、ようやく迎える初公判を前に、裁判長が説明した。

 被告は現在成人しているが、事件当時の年齢を考慮し、更正を重視する少年法の趣旨から「氏名などの身元を明らかにしない形で裁判を進める」という。

 本人の推定につながる「推知報道」も禁じられた状態で、異例の審理が始まった。

■スーツに短髪

 刑務官に挟まれて入廷した男は紺色のスーツ姿で、ブルーのネクタイを締めていた。

 体形はどちらかといえば小柄。マスクをしているせいか、色白で太い眉、切れ長の目からはあまり感情が読み取れない。

 兵庫県警が作って逮捕まで公開していた似顔絵は、確かに似ているかもしれない。外はねの長髪が特徴的だったが、耳回りや襟足を短く刈り上げており、実年齢に比べると幼く見えた。

 折りたたみ式ナイフで将太さんを複数回突き刺して殺害した、とされる起訴状を検察官が読み上げた後、男は裁判長に促されて証言台に座り、上着を整えてから言葉を発した。

 「日時あたり場所あたり、それから同年齢の男性を複数回刺したことに間違いありません」と認めた上で、こう述べた。

 「殺すつもりはありませんでした」「被害者の年齢、お名前、どこで亡くなったのかは分かりません」

 ゆっくりとした口調。時折、斜め上を見上げるしぐさは落ち着いているようにも、用意した文章をそのままたどっているようにも見えた。

■元交際相手への執着

 被告人質問や精神鑑定医尋問で明かされた男の生い立ちはこうだ。

 父親は転勤族。男は同級生を刃物で脅すトラブルを起こすなどして、青森県の高校を2年で自主退学した。その後、神戸市内の祖母宅に転居し、母も含めた3人で暮らしながら、大学進学を目指して予備校に通っていた。

 男が事件までのいきさつを語る際に執着心を見せたのが、高校時代に初めて付き合ったという女性の存在だった。法廷で男は彼女を「Xさん」と呼び、その関係性をたびたび口にした。

 神戸に来てからも男はXさんと連絡を取り合ったが、あるとき「死にたいなら死ねば」と突き放されて恨み始めた。2010年8月に1人で青森へ行き、Xさんの腕にドライバーを突き刺してけがをさせたことで、関係は完全に絶たれたという。事件を起こす2カ月前のことだ。

 弁護側によると、男はそのことによって孤独感からリストカットを繰り返すようになり、事件の直前は「現在とは異質な人格」を形成していた時期だったとした。

 そのうえで将太さんに対しては面識がないにもかかわらず、Xさんに同調し、自分を追い詰めようとしている「不良グループの一員」だと思い込んで襲ったのだと主張した。

■記憶の濃淡

 「当時17歳の私が思ったのは」-。審理2日目。男は被告人質問で、何度もそう前置きした。

 いつ、どういう経緯、どういう理由で将太さんを襲おうと考えたのか。それらに対して男は大抵、その前置きを「17歳の自分はこう思ったんじゃないかという推測」で「今は覚えてない」との文脈で使った。

 一方で、初めて彼女ができた日付を具体的に答えたり、事件直後に凶器を側溝に捨てたのは証拠隠滅のためかと問われて「そんな考えはなかった」とはっきり否定したりした。同じ頃の出来事でも、明瞭に語る部分と、そうでない部分が混在していた。

 男は4日間の審理を通してあまり表情を変えず、抑揚の少ない口調で話した。ただ、Xさんへの執着心のほかに感情をのぞかせたのが、しつけに厳しかったとされる父親への畏怖だった。

 事件を起こした時に「不良グループが自分への包囲網を狭めている」との妄想や幻聴があったかどうかについて、検察側が尋ねたときだ。

 検察「なぜ精神鑑定前の取り調べではそういう(妄想と幻聴の)ことを一切話さなかったのか」

 「父親の『他人のせいにするな』という(教え)が頭にあったからです」

 検察「別にそうは思われないのでは」

 (強く反論する口調で)「いえ、そんなことは通じないです。他人のせいにしてるって言われます」

 この前日、証人尋問に出廷した男の父親が「幼い頃はあまり手のかからない子どもでした」などと語った時には、目をつむったり、上を向いたりと落ち着かないしぐさを繰り返し、ほとんど証言台に立つ父親のほうを見なかった。

 肝心の事件の記憶について、男は「薄れている」と話す一方で、自己の境遇には比較的多弁だった。

神戸・高2刺殺公判ダイジェスト後編

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