■5年半の間に11回訪れる
毎年正月が明け、1月10日前後になると、JR兵庫駅周辺は大変なにぎわいとなる。商売繁盛と開運招福を求める人々が押し寄せる先は、いずれも神戸市兵庫区西柳原町にある、えびす様を祭る柳原蛭子(ひるこ)神社と、大黒天様を祭る福海(ふくかい)寺だ。
福海寺は、実は室町幕府の足利家とゆかりが深い。寺を開いたのは初代将軍の尊氏と伝えられ、金閣寺で有名な三代将軍義満もたびたびこの寺や周辺を訪れたという。
そして、これには大きな理由があった。
「義満は中国との貿易(日明貿易)に力を入れました。その拠点になったのが兵庫津(ひょうごのつ)(現在の兵庫区南部の港)なんです」
そう話すのは、郷土史に詳しい兵庫県地域振興課の山下史朗さんだ。
山下さんによると、義満は兵庫の地をたいそう気に入り、幕府の拠点があった京都を離れ、大挙して何度も訪れた。15世紀初頭、わずか5年半の間に11回。港に蔵屋敷も構え、かなりの入れ込みようだった。
「義満は、先進的な文化のある中国に引かれていました。でも、訪問回数を見ると、船の送迎など貿易に関わる理由からだけではなく、やはり兵庫が好きだったのでしょう」
12世紀後半、平清盛が大輪田泊(おおわだのとまり)の修築に着手して以降、時代が下るにつれ港湾機能は向上していった。船が停泊する「泊(とまり)」から、大型船が着岸可能になった港町の「津」へ。鎌倉時代の頃から、大輪田泊は兵庫津と呼ばれるようになった。
義満が力を入れた日明貿易は成功し、巨利を得た室町幕府は最盛期を迎えた。金閣寺に象徴される文化は栄華を誇り、中国から兵庫津を経由し、京都へ大量のモノと文化が流入した。
「室町時代の文化は華やかなイメージがありますよね。あまり知られていませんが、それを支えたのが兵庫津を拠点とした日明貿易だったんです」
銅銭、陶磁器、書画。数多くの文物をもたらした使者を義満は丁重にもてなした。一説にはその場所が金閣寺だったとも言われる。
平清盛のイメージが強い兵庫だが、足利義満とも深い関わりがあったのだ。ましてや、金閣寺などは神戸とは何の関係もないと思っていたのだが-。
「あくまで推測ですが、義満は清盛に憧れのようなものがあったという気がするんですよ。海の向こうに何かを求めて」。山下さんは目を細めて言った。
=随時掲載=
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(3)平安の「山、海へ行く」、5万人動員し人工島築く
(2)港都神戸の原点 著名人の先祖ずらり
(1)神戸市章 二つの弧は二つの港?
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