(この連載は、WHOの自殺報道ガイドラインに則り、精神医療の専門家の助言を受けています。記事中、個人名の敬称は省略しました)

 兵庫県議だった竹内英明が、よく口にしていた絵本の物語がある。「泣いた赤おに」だ。

 人間と仲良くなりたい赤鬼がいた。友だちの青鬼は自分が悪者になって人間の前で暴れ、赤鬼に「追い払う芝居」をさせる。

 人間に信頼してもらえた赤鬼に迷惑をかけまいと、青鬼は置き手紙を残して姿を消す。やがてそれを知った赤鬼は、青鬼を失った悲しさに泣き崩れる--そんな物語だ。

絵本「泣いた赤おに」。赤おにのために嫌われ役を勝って出る青おにに、竹内英明元県議は自己像を重ねた

 竹内は「俺は青鬼になる」と語っていた。

 自分が嫌われ役になっても、県民や職員のためになるなら構わない。弱い者いじめは許さない。そんな自己像を青鬼に重ねた。

 財政と権力のチェックにこだわる仕事ぶりを支えていたのも、その感覚だった。

 「皆さん把握されてますか。これはおかしいですよ」

 竹内は県議会で追及しながら、周囲にそうしたメッセージをよく送っていた。政治家は正義を貫くべきだという信念と、データや条文で詰めていく手法。その組み合わせが、竹内のスタイルを特徴付けていたと言える。

 同僚県議の一人は「いい意味でも悪い意味でも青臭かった」と振り返る。

 ただ、その言葉の選び方は反発を招くこともあった。

■民意とのずれ問い続け

 市議になる前から知る同級生や後輩は「ものの言い方が穏やかでない時もあった」と振り返る。正しいと思えば誰であろうと立ち向かっていく。「あれでは相手が引いてしまう」と感じる場面もあったという。

 播州弁で「おい」「おまえな」と切り出す言い方は、親しい仲なら通用しても、距離のある相手には居丈高に映る。

 県のトップや幹部からすれば、やっかいな質問を繰り返す議員である。一方で、県庁の政策形成の過程で生じた疑問や不正を察知した職員が頼るのも、また竹内だった。

 「竹内さんなら、県民側の理屈で聞いてくれる」と、相談や情報提供を持ち込む職員は少なくなかった。内部情報が多く集まり、それをテコに追及を組み立てるのは、竹内の大きな武器の一つでもあった。

所属していた民主党・県民連合の代表として県会で質問する竹内英明元県議=2010年6月、神戸市中央区、兵庫県議会議場

 「住民に最も近い政治家を目指す」

 2003年。姫路市議に初当選した翌日の神戸新聞に、竹内はそんなコメントを残している。

 29歳。最年少候補で歴代最多得票(当時)だった。生活保護や福祉の申請、道路や河川の改修、地域行事-。地盤や看板がない中で、身近な暮らしの相談を熱心に聞いた。

 県議会では、リベラル系の第4会派「ひょうご県民連合」に所属し、県財政のチェックを続けた。その姿勢は、支持者には「筋を通す人」として受け止められ、前知事時代も含めた県幹部の多くからは「うるさい議員」として記憶されている。

・「俺は青鬼になる」。嫌われ役を引き受けてでも、県民や職員のために権力とお金を問い続けた竹内英明。

・その青臭い正義感の裏で、〈自分がずれているのか〉〈人望がない〉と揺れる心は、どこへ向かっていったのか。

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