生きづらさに悩む人たちの居場所「クッシーラ」を開いた阿部さき子さん=明石市王子2

生きづらさに悩む人たちの居場所「クッシーラ」を開いた阿部さき子さん=明石市王子2

 不登校の子どもや家族を支援するNPO法人「陽だまりの会」代表理事の阿部さき子さん(40)は、自身も中学生の頃、不登校を経験しました。児童会長を務め、周囲の期待に応える「いい子ちゃん」だったと言います。学校を休みがちになった時、いい子になれない自分を責め「死にたい」と思うように。今は明石市内で、生きづらさに悩む人たちの居場所「クッシーラ」を運営しています。阿部さんに話を聞きました。

後ろ向きのまま全力で前へ

 -どんな子どもでした?

 「小学校では輪の中心にいて、何でもできる『いい子ちゃん』でありたいと思っていました。児童会長をして目立つ一方で、人からの見え方、自分の立ち位置を常に意識していました」

 -学校を休みがちになったのは?

 「中学1年生の頃です。転校生グループによる嫌がらせが始まり、コートを切り刻まれたり、靴を隠されたりしました。でも『誰かを排除してはいけない』『みんなと仲良くしないと』と思って嫌がらせをしてくる子たちにも積極的に声をかけました。ただ、次第に息がしづらくなり、学校に行きたくないと思うようになります。親には言い出せず、仮病を使いました」

 「毎日登校できない自分は『悪い子』と激しく責め、眠れない日々を過ごしました。『これは私の人生じゃない』と10代後半で自殺未遂やオーバードーズ(薬の過剰摂取)を繰り返すようになります」

 -抜け出すきっかけは。

 「オーバードーズで病院に運ばれ、目が覚めた時に祖父から『何がおつらいかわかりませんが、人生なかなか捨てたもんじゃございませんよ』って言われたんです。その言葉にはっとして…。どうせ死ぬなら『やりたいこと』を全部やってからにしようと、ノートを開いて書き出しました」

 「リストの一番上に、病気を患っていた祖父を助けたいと書きました。大学入学資格試験を受け、福祉系の学部に進学します。ただ『いなくなりたい』という気持ちは消えたわけでなく、後ろ向きのまま、全力で前に走っていた感覚です」

 「理想の人生を送れなかった。そんな自分を出身の北海道に置いたまま、逃げ出すように関西の介護系の企業に就職しました。『過去がバレたら終わりだ』という恐怖と隣り合わせです。世間を知りたくて、新聞3社を読み比べて勉強するなど、必死でした」

 -支援活動の開始は。

 「2011年にひきこもりの親の会として発足した『陽だまりの会』にボランティアで参加し、当事者や家族と出会いました。『私と同じ苦しみを味わってほしくない』と切実に思い、24年に代表理事を引き継ぎます。そして25年に『みんなの居場所クッシーラ』を明石市に開きました」

「クッシーラは誰が来ても構いません。当事者、支援者の線引きをせず、家とは別の『息がしやすく、誰もが安心して話せる場所』にしたかったからです」

-今、悩んでいる人には。

 「自分の経験を語り始め、隠したかった過去の自分、そして現在がつながり始めました。そこから体がちゃんと前を向けるようになったようです」

 「理想を追い求めすぎず、自分ができることを認め、褒めちぎる。『今日、誰かに会えた』でもいい。今の私は、明日の自分も大事にできそうかなと思えます」(聞き手・合田純奈)