紗綾香さんの貯金箱を手にする田村善子さん=神戸市灘区浜田町
紗綾香さんの貯金箱を手にする田村善子さん=神戸市灘区浜田町

 神戸市灘区の田村稔さん(79)と妻善子さん(72)は、阪神・淡路大震災で成徳小学校5年だった末っ子の長女紗綾香(さやか)さん=当時(10)=を亡くした。震災直後の記憶はあまり残っていないという善子さんを支えたのは、若い頃から夫婦で営んできた居酒屋だった。

 震災当時、長男は高校2年、次男は中学1年だった。紗綾香さんが亡くなった後も家族の生活は続いていく。

 「それは分かっていても、考えられんかった。どうしようもなくつらかった。さーちゃんのことばかり考えてしまって」と善子さん。友人に背中を押され、もう一度商売を始めようと決めた。

 震災から2カ月後。まだがれきの残る阪神新在家駅前に「正宗屋」は再開する。活気を失った街にぽつりとともる明かりに誘われ、少しずつ客が戻ってきた。

 店の名物は唐揚げと豆腐ステーキ。心配した登山仲間も顔を出してくれる。日々の仕事に没頭することが、夫婦の目線を少し上に向けさせた。