このまちには、壮絶な火災の記憶がある。
2024年。神戸市の元消防隊員、糺(ただす)常寛さん(75)はそれまであまり口にしてこなかった「おばあちゃん」の話を人前でした。熱くて、苦しい「生き地獄」からおばあちゃんを助けられなかった。消防は無力だったと、声を震わせた。
1995年。阪神・淡路大震災。当時45歳の糺さんは、火災が起きた神戸・長田の菅原市場へ向かった。未明の地震発生から3時間近くがたっていた。
このまちには、壮絶な火災の記憶がある。
2024年。神戸市の元消防隊員、糺(ただす)常寛さん(75)はそれまであまり口にしてこなかった「おばあちゃん」の話を人前でした。熱くて、苦しい「生き地獄」からおばあちゃんを助けられなかった。消防は無力だったと、声を震わせた。
1995年。阪神・淡路大震災。当時45歳の糺さんは、火災が起きた神戸・長田の菅原市場へ向かった。未明の地震発生から3時間近くがたっていた。