震災の記憶を伝える、物言わぬ語り部。区画整理された街並みの中で太陽に照らされていた=神戸市長田区御蔵通5、御蔵北公園
震災の記憶を伝える、物言わぬ語り部。区画整理された街並みの中で太陽に照らされていた=神戸市長田区御蔵通5、御蔵北公園

 遊具が並ぶ公園の一画に、表面がひび割れ、傾いて立つ電柱がある。阪神・淡路大震災で焼け残った「語り部」だという。

 神戸市長田区の御菅地区。木造の長屋や店舗が肩を寄せるように軒を連ねていた一帯は、激震と大火に襲われ、多くの犠牲者を出した。震災後、区画整理で拡幅された道沿いには今、建物が整然と並ぶ。

 公園の電柱は地元住民らが行政などに要望してそのまま残したものだ。「なぜきれいになった街に焼けた電柱を残すんだ、と反対もされたね」。保存に奔走した田中保三さん(85)は回想する。

 住まいを失った被災者の多くはこの街を去った。元の住民は3割に満たない。「電柱は、ここを離れた人たちに向けた目印であり、そして、あの震災を忘れないという私たちの意志の証しなんです」

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 あれから31年の年月がたとうとしている。様変わりしたまちに、人々の心に刻まれた、震災の今に目を向けた。(大田将之)