広島と神戸。戦災と震災で壊滅した二つの街をこの目で見た。だからこそ、表現する使命がある-。81回目の「原爆の日」を迎える6日、広島市の平和記念式典に、神戸市垂水区の画家、内藤幸子さん(84)が初めて参列する。還暦を過ぎてから本格的に始めた絵で、復興した街や穏やかな日常を描き、廃虚から立ち上がる人間のたくましさを伝えてきた。(合田純奈)
「3歳だったのに、あの日のこと、色まで覚えてるんですよ」
1945年8月6日。内藤さんは爆心地から約4・5キロの広島市南区にいた。
遠くに広島湾を望む高台の家。家族は建物疎開で出た木材を運ぶため、早朝から準備をしていた。当時35歳の母、古川ツユ子さんは弁当を作り、幸子さんは廊下を走り回っていた。
午前8時15分。強い光が1回、ピカッと瞬いた。
























