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 青森県立八戸東高校には、県内で唯一、演劇やダンスの実技が学べる「表現科」というコースがある。戦前の旧高等女学校時代から、来年で創立125年を迎えるこの名門校はこれまで数奇な運命をたどってきた。まず多くの高校と同様に戦後すぐに男女共学となったのだが男子学生が集まらず1960年代末には一度女子校に戻る。90年代に再び共学化。さらに特色を持たせるために、2003年に前記の表現科が開設された。

 私は、この科の開設以来、毎年講師を務め、年に数時間の授業を行っている。そのご縁もあって、八戸東高校からはほぼ毎年、私が学長を務める芸術文化観光専門職大学に進学者がある。今年3月の本学の卒業式では、東校出身の粒耒楓彩(つぶらいふうあ)さんが1期生を代表して答辞を読んだ。彼女はいま、ふるさと八戸に戻り、第1希望だった地元の公共文化施設に就職し活躍している。

 例年通り、今年も12月10日、11日と東高校で授業をする予定だった。ところが、その2日前の深夜、震度6強の地震が八戸を中心とした青森県東部を襲った。東高校は校舎が損傷し、私の授業も中止となった。

■世界に誇れるソフトパワー

 八戸東高校の百二十余年は地震との闘いの歴史だった。1968年の十勝沖地震、94年の三陸はるか沖地震でも校舎が大きな打撃を受けた。もともと沼沢地にあって地盤が弱いのだと聞く。しかし一方、八戸市全体で見ると今回の青森県東方沖地震では、震度6強を記録しながら死者がゼロという特筆すべき結果となった。この地域の防災意識の高まり、そして防災教育の成果だろう。

 兵庫県は今年、阪神・淡路大震災から30年という節目の年を迎えた。私が暮らす豊岡市もまた北但大震災から100年という記念の年だった。

 昨年来、芸術文化観光専門職大学は城崎温泉観光協会から、この北但大震災100年にちなんだ舞台作品の制作依頼を受けており、私がその作・演出を担当することとなっていた。しかし観光協会の担当の皆さんと話す中で、少し困ったことが出てきた。震災の悲惨さと、そこからの復興を強調しすぎると、特に海外からのお客さまには怖い印象を持たれてしまうかもしれない。折しも「7月5日に日本で大きな災害がある」という流言飛語が、東アジアを中心に流布し始めていた時期だった。

 私たちは観客の対象を親子連れに限り、防災教育に焦点をあてた子ども向けの舞台を創(つく)ることにした。こうしてできたのが『ちっちゃい姫とユレルン博士』だ。あらすじは次のようなもの。

 ちっちゃい国のちっちゃい姫は、お隣のでっかい国の王子との日本旅行を楽しみにしていた。今回は両国のお城の家来たちも合同の城崎への社員旅行だ。

 ところがそこに「日本は地震があるから行きたくない」とでっかい王子からのメールが届く。困った姫は地震と防災が専門のユレルン博士に相談する。すると博士は「日本はたしかに地震や天災の多い国ですが、その分、災害に対する備えや防災教育も発達しているのです」と説く。姫と博士は城崎温泉に下見に行くことになった。

 時空を超えた旅の中で、二人は北但大震災の様子や、そこからの復興の過程を学んでいく。人々が協力して土地を出し合い道を広げたり、要所に鉄筋コンクリートの建物を建てて防火帯としていったり、町並みを残しながらの復興に姫は興味を覚える。もちろん、その途中ではおいしいスイーツのお店や王子とのデートスポットのチェックも忘れない。

 劇の途中では、観客である子どもたちにクイズを出し、簡単な防災教育も体験できる仕掛けをちりばめた。豊岡市が作っている外国人向けの防災パンフレットも紹介される。過去の震災の反省からフェイクニュースに惑わされない心構えも盛り込んだ。この旅を通じて姫は「災害に強い国」を作ることを決意していく。

 この作品は、9月末に、防災建築を巡る町歩きツアーと、城崎温泉の印象に残った風景を模型にする美術ワークショップなどとセットで上演され大好評を博した。翌10月には鳥取市で開かれた日韓中の共同演劇祭BeSeTo演劇祭でも字幕付き上演の栄誉を得た。同演劇祭に参加した中韓の演劇学校の学生たちにも、この舞台は大きなインパクトを与えたようだ。

 高市首相はコンテンツ産業の育成や輸出に力を入れている。それは大変結構なことだが、日本が輸出できる文化はアニメ、漫画に限らない。たとえば防災教育も日本が誇るソフトパワー(軍事や経済力以外で他国を魅了する広い意味での文化の力)の一つだろう。

 来年は東日本大震災から15年。岩手、宮城、福島を指して「被災三県」と呼ばれるが、青森県東部も大きな被害があった。そこで私が館長を務める青森県立美術館でも来年度、青森版の『ちっちゃい姫とユレルン博士』を制作することになった。美術館の他、青森県内の小学校を回って上演する計画だ。多くの子どもたちと出会えることを楽しみにしている。

(ひらた・おりざ=劇作家、芸術文化観光専門職大学学長)