神戸市西区の市営地下鉄学園都市駅前で、37年にわたって幅広い世代に親しまれてきたクレープ店「スナックランド」が、大みそかの31日をもって閉店する。なじみの味、経営する夫妻との別れを惜しむ客の行列が連日、途切れることなく続く。1988年のオープン以来、地域に根付き、愛された店の終幕。その間際のとある平日に密着した。(尾仲由莉)

10時36分 柴田広子さん(76)が、北区の自宅から車で15分ほどかけて店に到着。開店の準備を始める。ホットプレートを温め、エプロンを身に着ける。
10時43分 夫の秀夫さん(78)も店へ。「チーズやハムを問屋さんに頼んでたんやけど、切れたの」と近くのスーパーへ買い出しに向かう。メニューの数は、何と120種類。総菜系を取りそろえているも特徴で、食材の調達も一苦労だ。
10時48分 青空の下、客が並び始めた。先頭は、近くの幼稚園で働いていたという女性3人組。そろっての来店は20年ぶりという。久保千尋さん(42)は「仕事終わり、まだ間に合いそうって分かったら『行っちゃう?』って顔見合わせてな」と当時を懐かしむ。山田知子さん(41)は「生地が甘じょっぱくておいしい。思い出も含まれてるんかな、ほかで食べても『やっぱりスナックランドが1番』ってなる」
11時2分 開店。甘い香りが周囲に漂う。この時点で、行列は19人。マフラーや耳当て、ニット帽を身に付け、体を揺らして寒さを紛らわしている。その表情は、みな朗らかだ。

11時29分 友人を誘って並んでいた主婦の塩谷紗由美さん(45)が、アーモンドチョコを注文。「子どもの頃から30年以上通いました。当時は200円あればクレープ買えたので」。現在の価格は280円から。時代とともに値上がりしたが、それでもお手頃だ。塩谷さんの思い出話は止まらない。「出産の時、退院したその足でここに来たこともありました。真っ先にここの甘い物が食べたくなったんです」
12時6分 列にかかる日陰が小さくなったお昼時、客数はさらに増えた。昼休憩を利用して立ち寄ったのか、つなぎの作業服を着た男性グループの姿も見える。生地に使う小麦は1枚当たり約45グラムで「6枚切りの食パンは30グラムだから、それよりも多いんだよね」と秀夫さん。ボリューム感もたっぷりだ。
12時19分 開店時から並んでいた明石市の会社員、秋山卓哉さん(48)が妻と一緒に3品を購入。「子どもの頃、『アイス2個入れて』とか、無理言うたなあ」。カウンター越しに聞きつけた広子さんが「何頼んでたか、よく覚えているよー」と返す。

13時43分 制服やジャージを着た10代の姿が行列に目立つようになる。友人同士、放課後の会話も弾む。「いとこのおじさんとかと来て、好き放題頼んだ。2、3個食べたらおなか痛くなったな」「中学校のみんなが知ってるお店。食べ納めに来られて良かった」
15時24分 オープンの時からの常連という男性を見つけた広子さんが「お兄さん、全然変わらないの」とはしゃぐ。当時10代だった男性も、いまや50代。「そんなことないです」と謙遜しつつ、「ここは唯一無二でした。閉店するまでできる限り来ますね」。
16時57分 辺りが薄暗くなってきた頃、行列は34人にまで増えてピークに。順番が近づいたグループが、店頭のメニュー板をのぞいて「何にするん」と聞き合っている。1番人気は今も昔もツナハムエッグ。イチゴホイップや小豆も売れ筋という。

18時18分 帰宅途中に訪れた保育士の北得将史さん(34)のお気に入りも、ツナハムエッグ。あっさり食べやすいからだという。「いずれ閉まってしまうだろうと心配していたけれど、ついにきたなって感じ」と声を落とす。
18時53分 秀夫さんが行列の最後尾へ。抱えている看板には「営業時間8時マデですので最後の方で終了させて頂きます 店主」との手書きの張り紙。「締め切らないと、20時に終われないんだよ」と苦笑い。

19時52分 最後の客は、学園都市駅近くで働く大内健太さん(32)。子育てで忙しい妻に代わって来店し、1時間20分並んだ。注文したのは、バナナチョコホイップとアーモンドカスタード。「会社でも、閉店がうわさになっていて。妻の思い出の味なんです」
20時17分 営業終了。9時間で売れたクレープは287枚、2分に1枚以上のペースで焼き続けた計算になる。寄る年波で閉店を決めた夫妻にとって相当な重労働だが、どこかうれしそうだ。作業台を片付ける広子さんは「なんか、すがすがしい。楽しく楽しくできた」と目を輝かせる。秀夫さんの黒いベストには、点々と飛び散った生地の跡。「思い出に残るような忙しさです」とほほ笑みながら、メニュー板を裏返した。






















