亡くなる3日前の6月15日、小野市の廣尾(ひろお)すみゑさん(68)は、友人の車で加西市のカラオケ喫茶「ファイン」を訪れた。退院して5日が過ぎていた。「ママ」の定行(さだゆき)みさ代さん(70)は親友と呼べる仲だ。
すみゑさんは薄いピンク色のジャケットに同色のスカーフを巻き、カウンターに座った。歌った曲は美空ひばりの「愛燦燦(あいさんさん)」だった。
「人は哀(かな)しい 哀しいものですね/それでも過去達は 優しく睫毛(まつげ)に憩う/人生って不思議なものですね」
歌詞を味わうように歌い、定行さんが歌声を録音した。すみゑさんは得意のハーモニカで童謡の「ふるさと」も奏でた。そして、最後にメッセージを収めた。
入院中の5月下旬、余命と向き合う中で、すみゑさんは歌声やメッセージを録音しようと決めたそうだ。
私たちはその声を、告別式で聞くことになる。
6月20日、小野市のセレモニーホールで執り行われた告別式には、約150人が参列した。祭壇にはオレンジ色のコートと帽子でおしゃれをした遺影が飾られた。
3年前、加東市で開かれた60歳以上の女性向けファッションショーに出演した際に撮影したもので、お気に入りの1枚だった。
すみゑさんは60歳を過ぎてから、福祉施設などでボランティアを始め、歌とハーモニカ、トークでお年寄りや子どもらを楽しませた。
告別式の半ば、すみゑさんのメッセージが「愛燦燦」の歌声とともに流れた。
「みなさんとのすてきな出会い。私の宝物でした。ありがとうございました。ありがとう」
「さよならは言いません。バァイ…」
喪主の長男辰也さん(45)があいさつに立った。2月に大腸がんが分かってからの日々を振り返り、こう切り出した。「母の最後のステージは終了しました」
そして「生前、母の歌の最後には拍手をしていただいていた」と話し、参列者に「出棺の時には合掌ではなく、拍手を」とお願いした。
「私の独断です。おしかりの声もあると思う」と辰也さんは話した。
すみゑさんは盛大な拍手に送られて、セレモニーホールを後にした。
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