がんを患っていた小野市の佐藤純一さん(仮名)が退院後、一時的とはいえ、元気を回復したのはなぜだろう。
週2回のペースで往診に訪れていた、「篠原医院」の篠原慶希医師(69)に聞いてみると、「分からない。理屈ではない」という。
「家に帰って、みんながそうなるわけではない。でも、活気が出る人はいます。佐藤さんも表情が一変した。『よかったー』と思えることがいいのかな」
退院から約3カ月を経た頃から、純一さんの体調は少しずつ悪化していった。それでも私たちが面会に行き、家族のことを尋ねると、「家内とは恋愛ホカホカや」と、面白おかしく答えてくれた。6月下旬から食事がとれなくなり、時折、意識がもうろうとするようになっても、看護師の問い掛けに「オーケー、オーケー!」と返した。
純一さんが亡くなった日のことを記しておきたい。
7月5日の午前10時半すぎ、家事を終え、ベッドのそばで話をしていた妻のえみさん(仮名)と長男の妻が、純一さんの呼吸がいつもと違うことに気付く。脈も確認できない。そして…。
「大きな息を3回して、目がすーっと、ゆっくり閉じていきました」と、えみさん。
午後0時半ごろ、連絡を受けた篠原医師が家を訪れ、死亡を確認し、家族にこう告げる。「背中に手を入れ、ぬくもりを感じながら、抱いてあげてください」
仕事から急いで帰ってきた長男が、ベッドの純一さんを抱きかかえるようにして、背中に両手を回す。手は冷たくなっていたが、背中はまだ温かかった。
布団と背中の間には死後も熱が残るそうだ。えみさんも夫を抱きしめる。「心地よい、肌のぬくみがありました」。体に触れながら、「お疲れさまでした」との思いがあふれ出る。
続いて、めいっ子に看護師、みんなで抱きしめた。
家族は純一さんに宛てて寄せ書きをし、棺おけに入れた。「ありがとう」と書いたえみさんは後日、私たちにこう話してくれた。
「みんなに助けられて明るい介護ができ、目が閉じるときもそばにいられた。主人は安心感を持って、向こうに行ったかな」
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