洲本市にあるホームホスピス「ぬくもりの家 花・花」で、私たちは運営するNPO法人理事長の山本美奈子さん(62)の話を聞いている。
すぐ隣で入居者の原とし子さん(83)と西岡里子さん(98)がプリンを食べている。
山本さんは1980年代半ばまで、西宮市にある兵庫医科大学病院の第1外科に勤務していた。新人看護師の山本さんに、技術やプロ意識をたたき込んだのが先輩の黒田裕子さんだ。日本ホスピス・在宅ケア研究会に発足当初から携わり、5年前、73歳で亡くなった。
「黒田さんはよく、『患者ではなく、一人の人として見る』って言ってましたね」
慌ただしく病棟を駆け回っていた山本さんは、患者の傍らにちょこんと腰掛け、目線を合わせて話す黒田さんの姿をよく覚えている。
山本さんの話は恩人のことから、在宅でのみとりへと移っていく。
「病院では、本人が『帰りたい』と声を出さないと、絶対に家に帰れないんです。『家族に迷惑かなあ』って考えて、声を出さない人は帰れません」
そうは言っても、多くの人は家族のことを思ってしまうだろう。「ずっと、病院で死んだ方が家族のためっていう時代が続いてきたんですよね。本人がちゃんと『帰りたい』って言える世の中になったらいいなあって思うんです。家に帰って、身の回りのことを整理する時間が必要なんです」
山本さんは、「花・花」で5月に亡くなった斉藤多津子さんのことが心残りだという。私たちも、シリーズ第一部の連載の取材で話を聞いた、スポーツ好きの女性だ。
85歳で人生を終えた斉藤さんは、多発性骨髄腫の末期で寝たきりになった。「その前に一度、家の中を一緒に整理してあげればよかったなあって。必要な物、要らない物を分けて、大切な人へ生きた証しを渡すとか…」
ふと、山本さんが、プリンを食べ終えた西岡さんに声を掛ける。「今度、家に行ってみようか? 写真とか、取りに行こうか?」
「はーい」。西岡さんが顔をしわだらけにして笑う。家には誰も住んでいないけど、たくさんの思い出が残っている。
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