夏の日差しが強い。田んぼで、青々とした稲が空へと伸びている。私たちはシリーズ第一部の連載の取材で訪れた、兵庫県洲本市のホームホスピス「ぬくもりの家 花・花」に向かった。
玄関を開けて中に入る。リビングには、いつものように入居者の西岡里子さん(98)と原とし子さん(83)が座っている。リビングから見えるところに置かれたベッドで、寝たきりの増田博さん(93)が眠っている。ほかに女性が2人。みんな事情があって、家では暮らせない。
「花・花」を運営するNPO法人の理事長、山本美奈子さん(62)が帰ってきた。山本さんは看護師だ。訪問看護ステーションの所長も務め、若い頃から在宅看護に力を入れてきた。毎日、島内を軽自動車で駆け回っている。
「暑いねー」。冷たいお茶で喉を潤し、一息ついた山本さんに在宅でのみとりについて話を聞く。「私ね、患者さんにバンバン、家に帰ってもらってたからね」
山本さんは西宮市の兵庫医科大学病院に勤めた後、淡路島の民間病院に移った。まだ30代だった。しばらくして看護婦長に抜てきされ、訪問看護を手掛ける。1990年代の前半、病院で亡くなることが当たり前だった時代だ。
「『家に帰りたい』っていう患者さんが多かったんですよ。住み慣れた家に戻るとね、みんな喜ぶんです」。病院では何も食べられなかった患者が、自宅に帰るとビールを口にした。
山本さんは病院を退職してホームホスピス開設を目指す一方、運営基盤をしっかりさせるために訪問看護ステーションをつくった。今は6人の看護師が在籍し、「花・花」の入居者以外に40人ほどの患者を抱える。これまでに100人以上をみとったそうだ。
山本さんには、看護師の技術と心構えをたたき込んでくれた先輩がいる。2014年に73歳で亡くなった黒田裕子さんだ。1992年に発足した「日本ホスピス・在宅ケア研究会」の立ち上げに関わり、阪神・淡路大震災の仮設住宅や災害復興住宅で高齢者の見守りを続けた。
「家でも死ねる」と教えてくれたのも、黒田さんだった。「まあ厳しかったですね。でも、温かい厳しさですよ」
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