私たちは愛媛県松山市の在宅医療専門施設「たんぽぽクリニック」で、永井康徳医師(53)の話を聞いている。
クリニックでは、冊子「家(うち)で看取(みと)ると云(い)うこと」を患者や家族に必ず読んでもらう。
「死と向き合う手段の一つです。その上で、どんな最期を迎えたいのかを考えてもらいます」
運営する医療法人の理事長を務める永井医師は2016年2月、クリニックの隣に、緩和ケアにも対応した入院病床「たんぽぽのおうち」を開設した。「ずっと在宅しか考えてこなかったけど、介護の面などで、自宅では不安を感じる人もいます。それで家のような場所をつくろうと考えたんです」
「たんぽぽのおうち」の入院患者に、心不全と誤嚥(ごえん)性肺炎を患った山●仁嗣(ひとし)さんがいた。前にいた病院では鼻にチューブを入れられ、管を抜かないよう手にミトン型の手袋をはめられていた。家族は「人間らしい最期に」と願い、転院を申し入れる。
「ちょっと、見ててくださいよ」。そう言って、永井医師が山●さんの映像をスクリーンに映し出す。2年前の12月に撮影したものだ。
「すしが食べたい」と言っていた山●さんのために、板前の格好をした男性職員が、食べやすくしたムース食のすしを用意する。タイ、トロ、エビにサーモン。
山●さんが、グラスについだビールをごくごく飲む。トロを一口で食べる。「ええなあ! 最高じゃ!」
この後、いったん自宅に戻った山●さんはもう一度、「たんぽぽのおうち」に入院、最後は老衰で亡くなった。92歳だった。
「こんな最期もある。いろんな選択肢があるんです。そのことを、もっと伝えなければと思うんですよ。もちろん若い人のように、病気と闘い続けるという選択もあっていい。どんな最期を迎えたいのかを考えると、死との向き合い方が変わるんです」。映像を見終えた永井医師が再び、語り始める。
「今まで1500人ぐらいの患者さんをみとりました。三人称の死です。父を亡くしたときは『ああ、こんなものか』と思った。これは二人称の死です。そして、一人称の死がありますよね」
一呼吸置いて、永井医師が続ける。「僕ね、47歳のとき大腸がんの手術をしたんです」。2人の息子は中学生と高校生だった。
「なんで僕が? 転移は? いろいろ考えて一人称の死を意識しました。でも、あれから患者さんに『いつか死ぬんです』と伝えるとき、合わせて『どう生きるか』の大切さを、ちゃんと伝えられるようになった。そう思うんです」
※●は崎の異体字、立つ崎
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