小野市の佐藤純一さん(仮名)が亡くなった日、篠原慶希医師(69)が家族に手渡した死亡診断書には、「特に付言すべきことがら」として、こう記されていた。
「大往生」
大往生って、どういう意味だろう。国語辞典には「天寿を全うして安らかに死ぬこと」とある。篠原医師に聞くと、「家族が良かったと思えるような『いい死に方』」と答えが返ってきた。
例えば、佐藤さんの場合。「皆さんに見守られ、まるで日常の朝の出来事のように亡くなった。枯れるように、眠るように」
昨年12月、篠原医師は老衰で息を引き取った101歳の女性の診断書に、初めて「大往生」と書いた。その後も、亡くなった患者の家族に「書かせてもろてもいいですか?」と声を掛けた上で、いくつも記した。家族に断られたことはないといい、8月上旬でその数は20人になった。
5月から7月にかけ、私たちは往診の車中や診察室で、篠原医師の話に耳を傾けた。
兵庫県内の大学病院や大阪の民間病院を経て、小野市粟生町に「篠原医院」を開いたのは、2002年のことだ。
「医者は患者を死なせたらあかん。患者がしんどくなっても、治療するのが医者の使命」。以前はそう考えていたという。一方で、「死にかけている人を延命して、誰が喜ぶんやろ。本人も家族も、誰も望んでないことを何でするんやろ…。ずっと無力感があった」とも。
京都や鳥取で地域医療に取り組む医師の著書を参考にしながら、みとりについて考え続けた。老衰で亡くなった人、がんの患者。みとりの経験を重ねる中ではっきりしてきたことがある。
「枯れていく方が楽というのが分かった。病院にいた時は、そういう死に方は想像すらせえへんかった」
これまでに在宅で約300人、嘱託医を務める二つの高齢者施設で約500人の死にかかわってきた。終末期の患者に対しては「病院でするような医療行為は、ほとんどしていない」という。
解熱剤や医療用麻薬を出したり、点滴を抜く決断をしたり。外出や飲酒などの許可もする。「私は延命はしないし、死の後押しもしない。つまり、死ぬのを邪魔しないということです」
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