安くておいしい大衆食、餃子。そんな餃子をワンランク上のギフトとして知らしめた企業をご存じですか。 大阪・北新地発祥のひとくち餃子をお土産として売り出し、年間3500万個を販売する、ひとくち餃子の代名詞となった企業、「点天」です。
話を伺ったのは2代目社長の今野啓介さん。現在の年商18億円から50億円を目指すという熱き社長。今回はそんな「点天」成功の裏にある4つの幸運物語を紹介します。
■①女性が食べやすいサイズ感に
「点天」の初代社長、今野啓一さんはもともと北新地のクラブで働いていましたが、30歳目前で飲食店の立ち上げを決意します。過去に市場で働いていた経験から自分なりの餃子を作ることに決め、通い慣れた北新地で店を出そうと考えますが、北新地の人たちが食べる餃子を模索します。
まず啓一さんが目につけたのはサイズ感でした。ホステスの女性たちがお客さんの前で大口を開けることを恥ずかしがっているのを見て女性でも気兼ねなく食べられるサイズにしようと考えます。
さらに、接客業の人が多いことからにんにくは敬遠されると思い、にんにくを極力カットし、その代わりにニラを大量に入れることにしたのです。
ひとくち餃子は北新地が発祥だそうで、有名な老舗の方に教えてもらい、そこに自分なりのアレンジをどんどん加えてオリジナルレシピを作っていきました。他にも同じような餃子の店があったので、「付加価値」をつけることで差別化を図り、まず選んでもらう餃子を目指したのです。
■②ダメ出しをされたことで逆転の発想
そんなある日のこと、「餃子の飲食店をやりたい」とお客さんに伝えた際に「以前、竹の皮で包まれた餃子の土産をもらったが、カバンの中で潰れて最悪だった」「餃子の土産はアカン」と言われます。
そこで啓一さんは、寿司のように木箱に餃子を入れることを思いつきます。ダメ出しをヒントに高級感のあるパッケージに入れることにしたことで、北新地のお客さんにも合うのではないかと発想を変えたのです。
■③大物業界人の口コミで大ヒット
そうして啓一さんは1977年に餃子専門店をオープンさせました。小さな点から世界に広がるようにという意味を込め「点天」と名付けたのだそうです。しかし全く客は来ず…。「頑張っていたらいつかいいことが起きる」という妻の言葉を支えに、クラブの仕事と餃子専門店の仕事を並行していました。
ある日、これまで啓一さんの頑張る姿を見続けてきたママが「私が買ってお客さんにお土産として渡すから」と助け舟を出してくれます。そして、とあるお客さんに渡したところ、注文が入り始めたのです。
実はそのお客さんは芸能業界の大物だったそうで、全国のいろいろな人に「うまい」と広めてくれたのです。ひとくち餃子のお土産が人気となり、それを知った北新地中のお店から注文が入るようになりました。
これをきっかけとして、店舗にも行列ができるようになり、開店から2年、北新地を飛び出し、一般の人にまで知られる大人気店に。30歳で独立するという夢をしっかりと成し遂げたのでした。
■④常連客の救いの手で自社ビルを建設
業務の拡大でマンションの1階に工場を構えますが、ニラの臭いでマンション住民からクレームがつきます。工場を移転する資金もなく、悩んでいたところ、銀行の融資担当だという常連客が救いの手を差し伸べてくれます。
いつも夫婦で一生懸命働く様子を見て感動していたといい、店の規模からは考えると多額の融資を受けて自社ビルを建設し、手作りの3倍ものスピードで餃子を生産できる規模の工場を手に入れることができたのです。
こうして日本一の餃子専門店となった「点天」。2代目社長の啓介さんは「先代は当時からいろんな方に恵まれ、状況に恵まれて幸運の連続だったと語っていた」「人の縁であったり、素直さ助けてくれる人につながる」と語ります。餃子に真摯に向き合う中で、いろいろな人の助けによって今の点天につながったのですね。
■2代目社長直伝!おいしい食べ方
自宅で餃子を食べる際、焼く以外に簡単だと言うのは「水餃子」。
まず、お湯に入れる時に、ひだをおさえて入れると具材が外に出にくくなります。続いて、真横に浮かび上がったら、氷水につけることがポイントなのだそう。生地が締まり食感がアップするそうです。
そうしてネギを乗せて、つけあわせはめんつゆでいただきます。焼き餃子とはまた違った味わいがたのしめるのでぜひ試してみてください。
■番組情報
〇番組名
日経スペシャル もしものマネー道もしマネ
〇内容
『もしもの時』に備えるマネー道!マネー活用バラエティ!
〇放送日時
テレビ大阪 第1~3日曜日 午後2時放送!放送終了後はYouTubeチャンネル、TVerで無料見逃し配信中
(まいどなニュース/クラブTVO編集部)