石破茂氏
石破茂氏

9月7日、石破茂首相が自由民主党総裁の職を辞すると発表した。この突然の退陣表明は、日本の政界に大きな波紋を広げ、早くも次期首相の座をめぐる競争が水面下で始まっている。国内での注目が高まる中、このニュースは中国でも大きく報じられ、さまざまな反応を引き起こしている。米中対立が続く国際情勢の下、中国は日本の政権交代を自国の外交戦略や経済的利益の観点から注視している。

■ 石破政権と日中関係の現状

石破政権は、発足当初から現実的かつ穏健な外交姿勢を重視してきた。特に日中関係においては、経済的な結びつきを強化しつつ、領土問題や歴史認識を巡る対立を抑制する姿勢が見られた。中国にとって、このアプローチは歓迎すべきものであった。米国のトランプ政権が復活し、保護主義的な通商政策や対中圧力を強める中、中国は日本との経済的な安定を重視している。日本の技術力や市場は、中国経済にとって重要なパートナーであり、両国間の貿易や投資の拡大は、中国が目指すグローバル経済での影響力強化に寄与する。

石破政権は、対米関係を基軸としつつも、中国との対話の窓口を維持することで、バランスの取れた外交を展開してきた。例えば、経済分野では日中間のサプライチェーン協力や技術交流を推進し、両国企業間の連携を深める取り組みが進められた。また、東シナ海での緊張を緩和するための外交努力も行われ、偶発的な衝突を避けるための対話が継続された。

■中国の懸念:保守政権の台頭

石破氏の退陣により、中国は今後の日中関係に不透明感を抱いている。特に、保守派候補が次期首相に就任した場合、日中関係が再び冷却化する可能性が考えられる。例えば、高市氏は、従来から強硬な対中姿勢を鮮明にしており、台湾問題や人権問題での対立を厭わない発言を繰り返してきた。高市氏が政権を率いる場合、日本の防衛力強化や日米同盟のさらなる深化を推し進める可能性は高く、中国にとっては望ましくないシナリオである。

専門家の間でも、高市政権が誕生すれば、日中間の経済協力が停滞するリスクがあるとの見方が広がっている。特に、ハイテク分野での技術流出防止や輸出規制の強化が予想され、中国企業にとって日本市場へのアクセスが制限される懸念がある。さらに、東シナ海や台湾海峡での軍事的緊張が高まる可能性も否定できない。中国はこうした事態を避けるため、穏健派の次期首相候補を望む声が強い。

■米中対立と日本の役割

米中対立が先鋭化する中、中国は日本と米国の間に楔を打ち込むことで、米国主導の国際秩序に対抗したい。トランプ政権の保護主義政策は、グローバル経済に混乱をもたらすと中国は主張しており、日本を含むアジア諸国との経済連携を強化することで、米国の影響力を相対的に弱めたい狙いがある。石破政権はこの文脈で、中国にとって良い相手だったと言えよう。石破氏は、米国との同盟を重視しつつも、中国との経済協力を維持する姿勢を示し、中国側は石破氏の姿勢を評価していた。

しかし、石破氏の退陣により、この微妙な均衡が崩れる可能性が出てきた。中国は、次期政権が米国寄りの政策を加速させることで、日中間の経済的結びつきが弱まることを警戒している。

特に、半導体やAI技術など、戦略的産業における日米の連携強化は、中国にとって大きな脅威である。こうした状況下で、中国は日本の政権交代後の動向を注視しつつ、経済的なインセンティブや外交的対話を通じて、日本との関係を維持・強化する戦略を模索するだろう。

■中国の今後の戦略

石破氏の退陣を受け、中国は日本の次期政権との関係構築に向けて、柔軟な外交を展開する可能性が高い。具体的には、経済協力を軸に、日本企業に対する投資環境の改善や市場アクセスの拡大を提案することで、関係の安定化を図るだろう。また、環境問題や気候変動対策など、国際的な協調が求められる分野での連携を強調し、日本の世論や政界に働きかける戦略も考えられる。

一方で、中国は日本の保守派の動向にも警戒を怠らないだろう。中国に怯まない姿勢を示すリーダーが台頭した場合、中国は強硬な姿勢で対抗する可能性もあるが、過度な対立は日米同盟のさらなる強化を招くため、慎重な対応が求められる。中国としては、経済的な相互依存を強調しつつ、日本の国内政治における穏健派の影響力を維持・拡大させる働きかけを続けるだろう。

最後になるが、石破茂氏の退陣は、日本国内だけでなく、中国にとっても重要な転換点である。米中対立が続く中、石破政権は中国にとって経済的・外交的に安定したパートナーであったが、その退陣により日中関係の先行きは不透明感を増している。特に、保守派の台頭は、中国にとって日中関係の冷却化や米国との連携強化を招くリスクとなり得る。中国は今後、経済協力を軸に日本との関係を維持しようとするだろうが、日本の国内政治の動向次第では、さらなる緊張が高まる可能性もある。石破氏の退陣を巡る動きは、単なる日本の政局にとどまらず、東アジアの国際情勢に大きな影響を与えるだろう。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。