実は父親の財産を使い込んでいた兄… ※画像はイメージです(琢也 栂/stock.adobe.com)
実は父親の財産を使い込んでいた兄… ※画像はイメージです(琢也 栂/stock.adobe.com)

先日亡くなった父の遺産分割協議のため、Aさんは実家で兄のBさんと顔を合わせました。父の財産は、生前から同居していたBさんが管理していました。Aさんは、仕事の忙しさを理由に、父の財産管理を任せきりにしてしまっていたのです。

遺産分割協議の場で、Bさんは神妙な面持ちで口を開き、「親父の預金は、長年の入院と介護費用でほとんど残っていない」と話します。Aさんはその言葉を聞き、そうなのかと納得しかけました。たしかに、父は数年にわたり入退院を繰り返していました。介護施設に入居していた期間も長かったため、費用がかさんでいることは想像に難くありません。父の預金がないものとしてAさんは遺産分割に同意しました。

数日後、Aさんは思うところがあり、弁護士に相談し、父の銀行口座の取引履歴を取り寄せたところ、Bさんが生活費や遊興費に使ったであろう不自然な出金が確認できたのです。仮にBさんがAさんに嘘をついて、使い込みを隠していたとしたら、遺産分割協議はやり直せるのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。

■被相続人に無断で使い込んでいた場合は取り返せる場合も

ー遺産分割協議の場での嘘が後で発覚した場合、やり直しは可能でしょうか

以下、民事上の問題としてとらえてみます。

他の相続人が遺産の内容について嘘をついていた場合、その遺産分割協議の効力を否定する主張ができる可能性があります。民法では、錯誤や詐欺等によって行われた契約などの法律行為は、それぞれの規定にしたがって効力を否定することができるとされているからです。

今回のケースでは、Bさんが「預金はほとんど残っていない」と嘘をつき、Aさんはそれを信じて遺産分割協議に臨んでいます。これは、法律行為の基礎とした事情について誤った認識をもったり(錯誤)、だまされた(詐欺)状態にあるといえます。

したがってAさんは、錯誤や詐欺をを理由に遺産分割協議の「取消し」を主張し、協議のやり直しを求めることが可能かと考えます。

ー使い込まれたお金は、遺産の「前渡し」として遺産分割で考慮されますか?

被相続人の生前に、特定の相続人が受けた特別な利益を「特別受益」といいます。「特別受益」は、相続人間の公平を図るために、これを遺産の前渡しとみなして相続財産に含め(持ち戻し)、具体的相続分を計算するにあたって考慮されます。

しかし、今回、無断での使い込みだとすると、父の意思が反映されているとはいいがたく、「特別受益」とは性質が異なります。Bさんは「父からもらったものだ(特別受益だ)」と主張するでしょう。しかし、当時の状況からBさんが無断で引き出したと評価されると、「特別受益」として判断されるのではなく、不当な使い込みとして返還を求める対象となります。

ー直接交渉が難しい場合はどうすればよいでしょうか

Bさんと直接交渉することが困難な場合は、弁護士を通じ、代理人として交渉してもらうことも検討すべきです。感情的な対立にとどまり話し合いが膠着する事態を避け、法的な根拠に基づいた妥当な着地点を見出すことが期待できます。

当事者同士での話し合いによる解決が難しい場合は、一定の手順を経たうえで遺産分割調停を申し立てることになります。使い込みに関しては分割協議の範疇ではなく、不当利得返還請求として争うことになります。

Aさんは銀行からとりよせた取引履歴と、当時の父の健康状態や意思判断能力の状況、支出の証拠となる書類を突き合わせ、これらが矛盾した結果となっていないかなどを客観的に説明出来るよう準備する必要が生じます。今後の手続きを有利に進めるためにも、客観的で説得力のある主張を組み立てるべく速やかに弁護士などの専門家に相談し、対応策の検討をおすすめします。

◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ行政書士事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。

(まいどなニュース特約・長澤 芳子)