父の死をきっかけに知ることになった兄への援助… ※画像はイメージです(polkadot/stock.adobe.com)
父の死をきっかけに知ることになった兄への援助… ※画像はイメージです(polkadot/stock.adobe.com)

Aさんは親元を離れ、夫と2人の子どもと暮らす兼業主婦です。Aさんの父親は口数の少ない人でしたが、毎年夏には家族旅行に連れて行ってくれるなど、家族サービスを欠かさないタイプです。母親はそんな父親を支え、2つ年上の兄とも良好な関係を築けていました。

そんなある日、病に伏せていた父親が他界します。悲しみに暮れる間もなく相続の話が始まりました。遺言書はなく、法定相続分で分けることで話はまとまるはずでした。

しかし父の書斎を整理していたAさんの手は、ある1冊の古い通帳の前で止まりました。そこには、兄の大学入学から卒業までの4年間、毎年高額な学費が振り込まれた記録が残されていました。

母にそれとなく尋ねると、兄が結婚した際のマンション購入資金として、父がかなりの額を援助していたことも打ち明けられました。学費と合わせると、その総額は2000万円近くにものぼります。

兄には高額な援助があったのに、自分には全く援助がなかったことを知ったAさんは、「援助された額を差し引いて、遺産を計算すべき」と主張します。しかし兄はこれを否定し、あくまでも遺産は平等に分けるべきだと主張するのでした。

生前に高額の援助をしていた場合、相続はどうなるのでしょうか。北摂パートナーズ行政書士事務所の松尾武将さんに聞きました。

■特別受益が認められるかがポイント

ー生前に高額の援助をしていた場合の相続はどうなりますか

特定の相続人だけが生前に多額の贈与を受けていた場合、残された相続人の間では「不公平だ」という感情が生まれやすく、トラブルの大きな火種となります。このような場合、相続は原則として以下の2つのステップで進められます。

まず、高額な援助が、法的に「特別受益」にあたるかを判断します。特別受益とは、特定の相続人が、亡くなった方(被相続人)から遺贈や婚姻、養子縁組、生計の資本として贈与を受けることを指します。特別受益は、その贈与が「相続分の前渡し」とみなせるかどうかが判断基準であり、親族間における扶養の一環としての贈与は特別受益とはされません。

住宅購入資金や事業資金、他の兄弟と比べて突出して高額な学費などは、それが「相続分の前渡し」に該当すると判断される場合には、持ち戻し免除の意思表示が被相続人からなされていない限り、特別受益とされる可能性が高いものと考えます。

特別受益が認められた場合、相続人間の公平を図るため、「持ち戻し計算」という方法で具体的な相続分を計算し直します。これは、「亡くなった方の遺産に、生前贈与した額(特別受益)を一旦足し戻し、それを相続財産の総額とみなして、具体的相続分を計算する」という考え方です。

これにより、生前に何も受け取っていない相続人は、現在の遺産額にもとづき計算された相続分よりも多くの遺産を受け取ることができます。

ーどのような生前贈与が特別受益とみなされやすいですか?

全ての生前贈与が特別受益になるわけではありません。ポイントは前述のようにその贈与が「相続分の前渡し」にあたるかどうかです。特別受益とみなされやすい例としては、事業の開業資金や運転資金の援助、住宅購入資金の援助や、土地・建物そのものの贈与、他の相続人と比較して高額な学費の援助などがあります。ただし、これらは絶対的な判断基準ではなく、これらの贈与が被相続人の資産総額や生活水準に照らして親族間の扶養の一環といえるものか遺産の前渡しというべき規模のものかが相対的に判断されることになります。

一方で、お小遣いや、一般的なお祝い金(入学祝など)などは、扶養の範囲内とされ、特別受益にあたらないと考えられます。

これらの計算や主張は、通帳の記録や契約書といった客観的な証拠が不可欠です。感情的な対立を避け、法的に正当な権利を主張するためにも、まずは専門家にご相談されることをおすすめします。

◆松尾武将(まつお・たけまさ)/行政書士
長崎県諫早市出身。大阪府茨木市にて開業。前職の信託銀行員時代に1,000件以上の遺言・相続手続きを担当し、3,000件以上の相談に携わる。2022年に北摂パートナーズ行政書士事務所を開所し、相続手続き、遺言支援、ペットの相続問題に携わるとともに、同じ道を目指す行政書士の指導にも尽力している。

(まいどなニュース特約・長澤 芳子)