リノベーション前の和室のようす/U設計室(@u_sekkeishitsu)提供
リノベーション前の和室のようす/U設計室(@u_sekkeishitsu)提供

京都府京丹後市の住宅街にある小さな図書室。「ねぎぼうず文庫」と名付けられたその空間は、一人の女性が亡きお義母さんの暮らしていた和室を改装して生まれた、地域の子どもたちが集う温かな場所です。そんな心温まる図書室が完成するまでの様子がThreadsに投稿されると、「なんて素敵な空間」「素晴らしい」と感動の声が広がりました。

投稿したのは、同じく京都府京丹後市を拠点にされている1級建築士事務所で、この図書室の設計を担当したU設計室(@u_sekkeishitsu)。施主の女性が30年間抱き続けてきた「地域のための文庫を開きたい」という長年の夢を叶え、雑多な状態になっていた和室が木目調の温かみある児童向け空間に生まれ変わった様子に、3万件を超える「いいね」がつきました。

■二世帯住宅の計画から、30年来の夢の実現へ

最初に施主からU設計室へ相談があったのは、息子さんとの「二世帯住宅の計画」だったそう。しかし息子さんの仕事の関係でその話が頓挫すると、今度は「和室を図書室へ生まれ変わらせたい」という新たな相談が持ちかけられたのだといいます。

「施主さんはもともと自宅の裏にある2つの蔵に、子どもが小さい頃から集めてきた絵本を保管していました。定期購読や自分で購入した絵本が増え続け、約30年間にわたり、蔵を使って近所の子どもたちに本を貸し出す文庫活動を続けていたといいます。その後、お義母さんが施設や病院に入ったことで住居の一部が空き、そこを活用して『本格的な文庫づくりを始めたい』ということでした」

こうして、施主の長年の夢が詰まった「ねぎぼうず文庫」プロジェクトが始まったのです。

ちなみに、「ねぎぼうず」という名前は施主さんの希望によるもの。施主さんは昔、毎晩お子さんに絵本を読み聞かせており、その中でも家族みんなが『ねぎぼうずのあさたろう』という作品を特に気に入っていただのとか。

「施主さんが文庫の名前を考えていた時に、たまたま蔵へ本を取りに行く途中で畑に咲くネギ坊主の花を見て、この絵本のことを思い出したそうです」

また今回の投稿をきっかけに、思わぬ奇跡も。投稿を偶然目にしたという『ねぎぼうずのあさたろう』の作者・飯野和好さんの娘さんから、「父も喜んでおります!」という内容のコメントが寄せられ、作者本人にも喜びが伝わるという出来事がありました。

■コンセプトは「懐かしさ」、和室の記憶を未来へ

「私たちは、住まいを設計する際、必ず依頼主の実際の“暮らしの場”で話を聞くようにしています。今回も施主さんの家とお義母さんの部屋でヒアリングを行い、持ち物や生活習慣から人柄を理解するよう努めました。雑談のように穏やかに話を重ねる中で、施主さんの絵本への深い愛情と、地域に貢献したいという思いを感じ取り、『施主さんが自然体でいられる空間をつくること』を設計のコンセプトとしました」

そこでU設計室が考えたのが、和室がもともと持つ“懐かしさ”を残すこと。長押(なげし)や床の間といった昔ながらの和室の様式を大切に活かしたといいます。その狙い通り、完成した文庫を訪れる人々からは、「懐かしい」という声が多く聞かれるのだとか。

また、U設計室のこだわりとして「完成時よりも、その後に人がどんなものを置くか」を重視して設計していると話します。

「竣工時は最低限の家具だけを配置し、施主さんが自由に本や雑貨をしつらえることで、自然に馴染む空間になるようにしています。デザインを主張するのではなく、施主さんの人柄や暮らしを映すことを最優先にしました」

こうして完成した図書室ですが、後から装飾品などインテリアを増やせるようにと、まずは本棚のみが置かれたシンプルな状態での引き渡しが行われました。しかし、子どもが中で読書できる程度のスペースの小部屋を本棚の間につくるなど、ちょっとした工夫も。ほかにも「絵本の森」として、近隣で切った枝をピアノ線で吊るし、季節ごとのオーナメントを飾るなどのアイデアもあったのだとか。

「私たちは、施主と『伴走しながら家をつくる』ことを大切にしています。工事の進行に合わせて毎週打ち合わせを行い、内容を文章で共有しながら現場で確認を重ねていく。テレビ番組でありがちな“完成して初めて見る”というサプライズ要素はなく、少しずつ形になっていく過程を施主と共有しながら積み上げていくスタイルです。そのため、完成時に『なんてことでしょう!』という劇的な驚きはありませんが、一緒に作り上げてきた時間の積み重ねがあるぶん、引き渡しの瞬間には深い感動と達成感がありました」

■待望の「ねぎぼうず文庫」が完成 しかし…

「実は『ねぎぼうず文庫』って、完成してすぐに開館してないんですよ」と、U設計室は明かします。いざ図書室が完成し、あとは本を並べて開館を待つのみ…というところで、この和室をもともと使っていた施主のお義母さんが亡くなったのだそう。

「施主さんとお義母さんは、血のつながりこそないものの、すごく良好な関係を保っておられました。お義母さん自身も、この文庫活動を応援してくれていて。そのため、亡くなってしまった喪失感から、施主さんも何も手をつけられないような状態になってしまって…。引き渡してから、一年くらいはほとんど音沙汰がありませんでした」

そういった背景から、「ねぎぼうず文庫」は当初、京丹後市の中でも善王寺地区の近隣住民や子どもたちだけに開放していたといいます。訪問は予約制で、U設計室のブログを見た人が時折訪れる程度の静かな運営でした。

その後、コロナ禍で活動が一時的に停滞したものの、状況が落ち着くとともに施主さんの気持ちも前向きになり、地域の子育て支援団体と連携して絵本サロンなどのイベントを開催するように。次第に口コミで評判が広がり、現在は利用者も増え、Instagramで開館日を発信しながら来館者を受け入れています。

「とはいえ京丹後エリア、中でも『ねぎぼうず文庫』のある大宮町は京都駅からも2~3時間かかる場所にあるため、訪れる人は限られています。ただ、施主さん自身も“人が多すぎない、心地よい範囲”で文庫を続けることを大切にしているので、予約を調整しながら運営している状態です」

■「古いものを活かす良さに気づいた」

今回の「ねぎぼうず文庫プロジェクト」は、U設計室にとって大きな転機となったそう。「その人がこれからの人生を心地よく、幸せに過ごせるような最適な環境をどうつくるか--そこに重きを置くようになったと感じています」と振り返ります。

そしてこれをきっかけに「古いものを活かす良さに気づいた」とし、これまでは新築の設計依頼を受けることが多かった家づくりから、実家や空き家など中古物件を活かすことを勧めるようになったのだとか。

これには、京丹後市に住む地元住民への想いも込められています。

「京丹後市は、現在人口が今5万人を切っていて、空き家が1880軒もあります。それだけ空き家が多いにもかかわらず、実家が地元にあっても新築で建てる人がすごく多い。そうすると、今回のようにおじいちゃん、おばあちゃんが亡くなった時に、また空き家が増えてしまう。空き家になると、今度は取り壊しのために数百万円が必要になるなど、住民にとって不幸せな未来が待っていることもあるんです」

そんな地域愛の強いU設計室に、「ねぎぼうず文庫プロジェクト」を経て設計への考え方や仕事への向き合い方にどのような変化があったか、改めて伺いました。

「“建築する”という行為そのものよりも、その前後に関われることがすごく楽しいと感じました。設計事務所を始めた当初は、『かっこいい家を建てたい』『雑誌に載るような作品をつくりたい』と考えていたことも。しかしこのプロジェクトを通して、建築の本当の価値は“形をつくること”ではなく、“人の暮らしや活動を支えること”にあると気づきました。いまは建築を通じて人の人生に伴走できることこそ、最も大きなやりがいだと感じます」