(C)2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
(C)2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

国民的女優・吉永小百合を主演に迎え、伝説の登山家・田部井淳子の人生を描いた映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』(10月31日公開)。本作でメガホンを取った阪本順治監督が、吉永演じる多部純子の若き日を演じる女優に選んだのは、のんだった。伝説と才能はいかにして交錯したのか。監督がレンズ越しに見た、二人の女優に共通する「表現者としての覚悟」と、その魂の共鳴に迫る。

■ 伝説の登山家と重なる、吉永小百合の「肝の据わり方」

今作で吉永が演じるのは、世界で初めてエベレスト登頂を成し遂げた登山家・田部井淳子さんをモデルにした多部純子。阪本監督はオファーを受けてから彼女の著作を読み込み、その人物像に深く魅了されたという。それは単なる登山家の記録ではなく、困難な時代を自らの意志で切り拓いた、一人の人間の力強い物語だった。

「非常に短くまとめると、田部井さんは『自分の人生を豊かにするために生き抜いた人』です。それは利己的な意味ではなく、人を支えることも含めて自分の人生を豊かにすることだと捉え、誰かを犠牲にすることなく、豊かに生き抜いた。おてんばで、理知的で、豪放磊落。それでいて、決して言い訳をしない。何冊本を読んでも、その人物像は全くブレていませんでした。その自尊心のあり方に、強く惹かれました」

その人物像は、驚くほど主演の吉永小百合自身に重なって見えた。10代からトップを走り続け、幾多の矛盾や困難を乗り越えてきた彼女もまた、「鋼の心臓」を持つ表現者だと監督は語る。124本目の主演作となる本作で、吉永は安住の地を選ばなかった。手練手管の演技では通用しない、登山という新たな挑戦に身を投じたのだ。

「吉永さんも、田部井さんと同じで肝が据わっています。最後の撮影は富士山の2800メートル付近で行う計画でした。高山病にでもなれば撮影が止まってしまう。ご本人の負担は計り知れません。でも、吉永さんは自らガイドさんを見つけてトレーニングを重ね、万全の準備で現場に来てくれた。こちらが気を使いすぎて『このあたりまで登っていただければ……』と言うと、『もっと下から登れますよ』と返ってくるくらいで(笑)。その飽くなき探究心には、尊敬しかありません」。

その徹底した準備ゆえに、撮影では奇妙な逆転現象が起きたという。晩年、病を抱えながら登るシーン。本来なら息も絶え絶えのはずが、吉永はあまりに健脚で、スイスイと登ってしまうのだ。

「本当に楽々登っているように見えて、逆に演技でつらそうにしてもらうしかなかったんです。本当はせっかちな方なのでトントントンと登れてしまうところを、『ちょっと待ってください』と、こちらが動きを制御してもらう必要があった。病を抱えた人が登るつらさを、演じてもらった形です。吉永さんにとって演じることは『生活』、つまり『生きる活動』そのもの。常に新しい挑戦を求めることが、彼女の活力の源なのでしょう」

■ 「一択だった」- のんに見た、吉永小百合に通じる魂の輝き

そして、この映画の成否を握るもう一つの重要なピース。若き日の多部純子、つまり若き日の吉永小百合を、誰が演じるのか。無数の選択肢の中から監督が指名したのは、たった一人。それは、計り知れない重圧をはねのけるだけの輝きを持つ女優、のんだった。

「のんさんの起用は、私から『一択で』と提案しました。以前、能年玲奈さんからのんさんに名前が変わったぐらいのとき、高崎映画祭でお会いして、その後も日本映画プロフェッショナル大賞でご一緒したんです。演じている姿だけではなく、生身の彼女に触れる機会がありました。演技以外の、歌ったりする奔放な姿を見て、何かに染まるのではなく自分らしさを追求する姿勢に、彼女の『生きていく強さ』を感じていました。その強さは吉永さんに通じるものがありましたし、何より吉永さんのデビュー当時の顔立ちにとても似ている。この二つが揃うことは滅多にありません。吉永さんに提案したら、『私も全くそう思っていました』と。運命的なものを感じました」

阪本監督は、のんという表現者に細かい演出は必要なかったと断言する。ただ、多部純子という人間の核となるキーワードを共有し、あとはのん自身の魂に委ねた。二人の女優は、無理に似せようとしなくとも、同じ「てっぺん」を目指す魂で繋がっていると確信していたからだ。

「私が重視したのは、映画の核となる『田部井淳子さん像』がブレないことだけ。『理知的』『おてんば』『ユーモア』といったキーワードを吉永さんとのんさんと共有しさえすれば、二人が無理に似せようとしなくても、役柄の本質は捉えられる。お二人とも気質的に田部井さんと似通ったものをお持ちだったので、『ご自身らしく演じてもらえれば大丈夫だ』と信じていました」。

自らの役だけでなく、映画全体を見通せる俳優と仕事がしたい、と監督は言う。それは、他者を理解しようとすることで自らも豊かになっていく、俳優という仕事の本質でもある。吉永小百合とのん。世代も歩んできた道も違う二人の女優は、まさしく同じ頂を見つめる同志だった。彼女たちの共鳴が、この映画に永遠の命を吹き込んだのだ。

(まいどなニュース特約・磯部 正和)