高市首相の台湾有事をめぐる発言以降、日中関係は急速に緊張を高めている。今日までに、中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけ、さらに日本産水産物の輸入を再び停止する措置を打ち出した。これらの中国側の対抗措置は、高市首相の発言への明確な報復として受け止められ、両国間の冷え込みを印象づけるものだ。
一連の対立の背景が高市首相の「台湾有事をめぐる発言」であるため、中国側としては、原因は日本側にあると内外に訴えやすい構図にある。この「大義名分」の確保が、中国側の強硬な姿勢を助長している面は否定できない。しかし、これらの中国側の対抗措置を詳細に検証すると、その裏側には、ある種の「自制」が働いていることも見えてくる。
まず、中国政府が国民に対し、日本への渡航を「自粛」に留め、「禁止」措置を取らなかった点に注目すべきである。もし渡航を全面的に禁止すれば、両国間の人的交流が途絶えるだけでなく、経済活動にも深刻な影響を与えることは必至だ。観光業をはじめとする日本経済への打撃はもちろん、中国側にとってもビジネスチャンスの喪失や、国際的な孤立を深めるリスクを伴う。必要以上に政治経済的な悪影響を拡大させることは、中国側の国益にも反するという懸念が、この「自粛」という表現に留める決定の背景にあると考えられる。
日本産水産物の輸入再停止措置も、一種の自制措置として捉えることができる。中国が、本気で日本に対して強硬な経済的圧力をかける意図があるならば、対日輸入品全体に占める割合が極めて小さい水産物ではなく、工業製品や先端技術の部品、さらには電子機器などの主要輸出品にこそ対抗措置の選択肢はあるはずだ。
かつてのレアアース輸出規制など、中国が経済的影響力を最大限に行使した事例と比較すると、今回の水産物停止は、政治的なメッセージを込めた「威嚇」に留めようとする意図が透けて見える。これは、対抗措置を取りつつも、経済的な断絶という最悪のシナリオを避けたいという中国側の思惑の表れと言えるだろう。
中国が強硬姿勢を露呈しながらも、その行動を自制的に留めている背景には、現在の複雑な国際環境も大きく影響している。ロシアによるウクライナ侵攻以降、国際社会における「力の行使」に対する警戒感は一層高まっている。特に、国際的な影響力を拡大させたいグローバルサウス諸国などに対し、あまりに強硬な対抗措置を取れば、中国に対する警戒論が広がり、外交的な信頼を損なうリスクがある。中国としては、国内向けの強硬な姿勢を示しつつも、国際社会からの反発を最小限に抑える「バランス」の取れた対応しか取りづらい国際的な制約が存在しているのだ。
このように、高市首相の発言をきっかけに高まる日中間の緊張は深刻だが、中国側の対抗措置には、政治的メッセージと実体経済への影響のバランスを取ろうとする「自制」の意図が読み取れる。この自制は、中国が国際環境と国益を考慮した結果であり、今後の日中関係の展開においても、この「自制のライン」がどこにあるのかを見極めることが重要になるだろう。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。























