11月27日に米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が報じたところによると、日中関係が冷え込む中、24日に中国の習近平国家主席と電話会談を行ったトランプ大統領は、高市首相とも電話会談を行い、台湾の主権問題で中国政府を挑発しないよう助言したという。
トランプ大統領の助言は控えめなもので、発言を撤回するような圧力的なものではなかったというが、なぜトランプ大統領はそういった行動に出たのか。
■微妙なバランスの上に立つ米中経済
まず、第一に挙げられるのは、関係の微妙なバランスである。
両国間の貿易摩擦は構造的な問題を抱えつつも、破滅的な衝突を避けるための綱渡りが続いている。事実、10月下旬に韓国で行われた米中協議において、双方は摩擦のこれ以上のエスカレートを当面回避することで合意に至ったばかりだ。この「一時休戦」とも呼べる合意は、インフレ抑制や国内経済の安定を最優先課題とするトランプ政権にとって、是が非でも維持したい生命線である。
もしここで、日本の対中強硬姿勢や台湾海峡をめぐる緊張が突発的な発火点となれば、苦心して整えた米中の経済的妥協点は瞬く間に崩壊しかねない。トランプ氏にとって、同盟国である日本の行動が引き金となって新たな経済的混乱が生じ、米国の市場や有権者の生活を脅かす事態は、何としても避けなければならないシナリオである。すなわち、今回の自制要求は、中国への配慮というよりも、米国経済という「自国の財布」を守るためのリスク管理の一環と捉えられる。
■「紛争回避」への強い意志が根底に
第二の要因として見逃せないのが、トランプ氏の根底にある「紛争回避」への強い意志である。
トランプ大統領はかねてより、他国の戦争のために米国の若者の血が流され、莫大な税金が浪費されることを極端に嫌ってきた。高市首相が主導する日米同盟の深化、防衛力の抜本的強化などは、抑止力向上という観点からは米国の利益に叶う一方で、一歩間違えれば軍事衝突の呼び水となりかねない危うさを孕んでいる。
特に台湾情勢が緊迫する中、日本が中国を過度に刺激し、仮に偶発的な衝突が起これば、米国は条約上の義務や戦略的必要性から紛争に巻き込まれざるを得なくなる(無論、その程度さはあるが)。トランプ氏にとって最悪のシナリオは、自らが望まないタイミングと理由で、他国が始めた戦争に米国が引きずり込まれることだ。
日本に対し「刺激するな」と釘を刺したのは、東アジアの安全保障環境を安定させるという高尚な目的のためではなく、あくまで「米国の戦争」に発展する芽を事前に摘み取るための防衛策に他ならない。
■中国に外交的な「貸し」
そして第三に、これが最もトランプ大統領らしい理由であるが、中国に対する外交的な「貸し」を作るという狙いが透けて見える。不動産王出身のトランプ大統領は、外交をも取引(ディール)の場として捉え、常に交渉を有利に進めるためのカードを探している。
今回、習近平氏との会談直後に日本に自制を呼び掛けた事実は、中国側に対し「米国が日本の行動を止めてやった」という強力な恩を売ることになる。この「貸し」は、今後の米中交渉において、トランプ氏が中国から譲歩を引き出すための有効なカードとなる可能性もある。
いずれにせよ、トランプ氏は日本という同盟国の態度を調整弁として使うことで、対中外交における米国の立場を優位にし、実利を得ようとしているのだ。日本からすれば梯子を外されたような形だが、トランプ氏の論理では、これもまた「アメリカ・ファースト」を実現するための正当な取引手法なのである。
以上の背景から明らかになるのは、現在のホワイトハウスにとって、日米同盟の理念的結束よりも、米国の国益に直結する短期的・中期的な実利が優先されているという現実だ。経済の安定、戦争の回避、そして対中交渉での優位性確保という3つの要素が複雑に絡み合った結果とも捉えられよう。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。
























