日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)
日本の国旗と中国の国旗 ※画像はAIが作成したイメージです(ochikosan/stock.adobe.com)

高市首相が「台湾有事は日本の存立危機事態になり得る」と発言したことにより、日中関係は大きく冷え込むようになった。中国側は、この発言を日本の台湾問題への介入と見なし、内政干渉であるという強い姿勢を表明している。

この対立の深刻さは、単なる外交上の応酬に留まらず、中国が対日カードを切るという具体的な行動に表れた。国民向けには渡航自粛を呼びかけ、さらには日本産水産物の輸入再停止を発表したのである。

しかし、これらの措置は、中国が日本に対して持ち得るカードの中では、相対的に「小さい」ものと評価できる。渡航自粛や水産物輸入停止は、確かに日本の観光業や漁業には打撃を与えるが、日本経済全体に大きな影響を及ぼすほどではない。この「小さいカード」の使用には、中国の複合的な思惑が働いていると分析できる。

■「小さいカード」使用に中国の複合的な思惑

第一に、中国は高市発言に対する政治的抗議の意思を明確に示す必要があった。国内のナショナリズムを考慮しても、台湾を「核心的利益の中の核心」と位置付ける中国政府として、日本の「存立危機事態」論を看過することはできない。

第二に、これらの比較的軽度な制裁を通じて、日本政府の今後の対応を見極めるという戦略的な意図がある。中国は、日本が台湾問題に関してどの程度の本気度とコミットメントを持っているのか、そして今後の外交姿勢を修正する用意があるのかどうかを探っているのである。

第三に、中国側にも日本との経済的関係の全面的な悪化を避けたいという思惑が強く存在する。サプライチェーンの相互依存が深い現代において、対日貿易の急激な縮小は、中国自身の経済にも大きな負の影響をもたらすため、現時点では慎重な対応に留めているのと解釈できる。

■日中関係の冷え込みは長期化か

問題の根幹にあるのは、台湾が中国にとって「核心的利益の中の核心」であるという事実である。中国は「一つの中国」原則を自国の主権と領土保全に関わる根幹問題と位置づけており、台湾問題におけるいかなる外部からの介入も断固として排除する姿勢を崩さない。高市発言が示唆する日本の軍事的関与の可能性は、中国にとって最も許容しがたいレッドラインに触れる行為と認識されたであろう。

この核心的利益への対立が解消されない限り、日中関係の冷え込みは長期化する可能性が極めて高いと言える。そして、この冷え込みが継続し、日本が台湾への関与を強める姿勢を顕著にした場合、中国は日本にとってもっと「重いカード」を切ってくる蓋然性が高まる。

■「重いカード」は特定資源の輸出規制

懸念される「重いカード」は、日本経済の生命線ともいえる特定の資源の輸出規制である。特に、日本が中国に深く依存するレアアース、マグネシウム、そして電気自動車(EV)バッテリーや半導体製造に不可欠なグラファイトといった戦略物資がその対象となる可能性がある。

中国はこれらの資源において世界の生産・供給を圧倒的に支配しており、輸出規制は日本のハイテク産業や自動車産業に甚大な打撃を与えるであろう。これは、日本が長年抱える中国に対する貿易的脆弱性の最も深刻な側面であり、中国が地政学的な対立を経済的な武器に転用する際に、最も効果的かつ容易に行える手段の一つである。

中国が「重いカード」を切るか否かは、今後の日本の外交・安全保障政策、特に台湾に対する姿勢に大きく左右される。日本としては、安全保障上の必要性(台湾有事が日本の存立危機事態となり得るという認識)と、経済的な安定性(中国への貿易的依存度の高さ)という、二律背反の課題に直面している。

■安全保障と経済が絡み合う「政経不可分」の時代

日中関係は、もはや経済協力という一面だけで語れるものではなく、安全保障と経済が複雑に絡み合う「政経不可分」の時代へと突入した。日本政府は、外交的なチャンネルを通じて中国との意思疎通を維持しつつも、サプライチェーンの強靭化と「デリスキング(リスク低減)」を加速させ、中国依存から脱却するための戦略的な取り組みを、喫緊の課題として進める必要がある。中国の対日姿勢は、今後、「小さいカード」による牽制から、「重いカード」による戦略的圧力へと移行するリスクを内包していると結論付けられる。

◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。