昨年の冬、深夜の突然の停電で、田中さん(仮名・48歳・男性)は慌てふためきました。要介護2の母(75歳)と二人暮らしの田中さん。暖房が止まり、介護ベッドのリクライニング機能も使えなくなりました。真っ暗な中、懐中電灯を頼りに毛布を重ね、母の体温が下がらないよう夜通しそばで見守りました。
「母一人を寝かせたまま、私が動けなくなったらどうしよう」「もしこれが大規模災害で、何日も続いたら、母の介護は…」不安な夜を過ごしながら、田中さんは初めて災害時の母の避難について真剣に考えました。
幸い停電は数時間で復旧しましたが、この経験をきっかけに、田中さんは市の窓口に相談。そこで初めて「福祉避難所」と「個別避難計画(災害時ケアプラン)」の存在を知りました。「一般の避難所では母の介護は難しい。でも、福祉避難所という選択肢があることを初めて知りました。そして、そこへ『誰が・どうやって・いつ』母を連れて行くのか、事前に決めておく計画があると聞いて、ようやく具体的な備えができると感じました」と田中さんは振り返ります。
東日本大震災では、犠牲者の過半数を高齢者が占めました。一般の避難所は、要介護者にとって決して安全な場所ではありません。あなたや大切な家族を守るための具体的な備えについて、考えてみましょう。
■「福祉避難所」とは
災害が発生した際、一般の避難所での生活が困難な高齢者、障害者、妊産婦、乳幼児などの要配慮者が安全に過ごせる場所が「福祉避難所」です。2023年10月1日時点で、全国には26116カ所の福祉避難所が確保されています。このうち、指定福祉避難所は9398カ所、協定等により確保している福祉避難所は16718カ所となっています。
福祉避難所には、バリアフリー設備や医療・介護の専門職による支援体制が整えられており、一般の避難所とは異なる特別な配慮がなされています。しかし、東日本大震災では、多くの要配慮者が福祉避難所の存在を知らないまま一般の避難所で過酷な生活を強いられました。犠牲者の過半数を高齢者が占め、障害者の犠牲者の割合も被災住民全体と比較して約2倍に上ったといわれています。
ただし、福祉避難所は、災害発生直後から開設される一次避難所ではなく、安全が確保された後に、必要に応じて一般の避難所から移動(二次避難)するための施設である点に注意が必要です。
■個別避難計画(災害時ケアプラン)とは
個別避難計画とは、避難行動要支援者一人ひとりについて、災害時に「誰が支援するのか」「二次避難所として、福祉避難所を利用するのか」「避難する際にどのような配慮が必要か」などを事前に記載した計画です。2021年の災害対策基本法改正により、市町村には個別避難計画の作成が努力義務とされました。
この計画は、ケアマネジャー(介護支援専門員)や相談支援専門員などの福祉専門職が中心となって作成します。これらの専門職は、日頃からケアプラン等の作成を通じて利用者の心身の状況や生活実態を把握しており、信頼関係も築かれているため、実効性の高い計画を作ることができます。
■個別避難計画の作成手順
「福祉避難所」という"避難先"があることを知っても、「いつ・誰が・どうやってそこへ避難するのか」が決まっていなければ、実際の災害時には活用できません。そこで重要になるのが「個別避難計画」です。
個別避難計画とは、災害時に自力での避難が困難な高齢者や障害者などが、安全に避難するための具体的な計画です。避難先、支援者、必要な医療機器や薬、移動手段などを事前に決めておきます。
福祉避難所を避難先として選択する場合も、この個別避難計画の中に具体的に記載します。福祉避難所への避難が必要と判断される方には、その施設名、移動手段、同行する支援者などを明記し、災害時に迷わず行動できるようにします。
1.避難行動要支援者名簿への登録
お住まいの市町村の防災担当課や福祉担当課に連絡し、名簿への登録を申請します。この名簿に登録されることで、災害時に地域の支援者や行政から優先的に支援を受けることができます。
2.個別避難計画の作成
名簿登録後、優先度の高い方から計画を作成します。市町村が主体となり、ケアマネジャーや相談支援専門員などの福祉専門職が協力します。この際、本人の心身の状態や生活状況に応じて、一般の避難所で対応可能か、福祉避難所での受け入れが必要かを判断します。福祉避難所が必要と判断された場合は、受け入れ可能な施設を確認し、計画に明記します。すでに介護保険サービスを利用している方は、担当のケアマネジャーに災害時の避難について相談してみましょう。
3.地域との情報共有
本人の同意を得た上で、作成した計画を民生委員や自治会、自主防災組織などの地域の支援者と共有し、いざという時に地域全体で支援できる体制を整えます。
4.定期的な見直しと訓練
計画は一度作って終わりではありません。心身の状況や生活環境の変化に応じて定期的に見直し、避難訓練を通じて実効性を確認することが重要です。
■自治体の取り組み
内閣府は、優先度の高い避難行動要支援者について、2021年の法改正施行後、おおむね5年程度で個別避難計画を作成することを市町村に依頼しています。各自治体では、福祉専門職への報酬支払いや、庁内プロジェクトチームの設置など、計画作成を促進する仕組みづくりが進められています。
■今すぐできる備え
災害はいつ起こるか分かりません。特に寒さが厳しい冬場は、避難生活での体調悪化のリスクが高まります。以下の準備を今すぐ始めましょう。
◆福祉避難所の確認
お住まいの地域にある福祉避難所の場所と受入対象者を、自治体のホームページなどで事前に確認しておきましょう。
◆非常用持ち出し袋の準備
常用している薬、医療機器(バッテリーも含む)、障害者手帳や介護保険被保険者証のコピーなど、避難時に必要なものをリストアップし、すぐに持ち出せるよう準備しておきましょう。
◇ ◇
田中さんは、担当のケアマネジャーと相談し、母の個別避難計画を作成しました。近所の福祉避難所の場所を確認し、いざという時に支援してくれる親戚や民生委員とも事前に話し合いを済ませました。「避難先も支援者も決まって、ようやく安心して眠れるようになりました。あの停電の夜の不安は、もう感じたくありませんから」と話す田中さん。
災害は誰にでも起こりうるものです。「被災したらどうしよう」という漠然とした不安を、「個別避難計画を作る」という行動に変えることで、あなたと大切な家族の命を守ることができます。特に寒さが厳しい冬は、暖房が使えない避難生活は命に関わります。まずはお住まいの市町村の窓口、または担当のケアマネジャーに相談することから第一歩を踏み出しましょう。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)
























