物流センターの発送部門で働く30代のAさんは、日々重い段ボールを積み上げるアクティブな業務に就いています。そんなある日、Aさんは念願の妊娠が判明しました。喜びを感じたのもつかの間、Aさんの頭をよぎったのは「このままこの仕事を続けて、赤ちゃんは大丈夫だろうか」という強い不安です。
そこでAさんは、意を決して上司に妊娠を報告し「事務作業など、体に負担の少ない仕事に変えてほしい」と相談します。しかし上司からは、「うちは現場仕事がメインだから、座ってできる仕事なんてないよ。今の仕事が無理なら、産休期間まで休むか辞めるしかないんじゃない?」と言われてしまいます。
上司の回答を聞いたAさんは、職場に居場所がなくなったような絶望感に襲われます。このように、過酷な業務を続けるか退職するかの二択を迫られる状況は、法的に許されるのでしょうか。社会保険労務士 南里有紀事務所の南里有紀さんに話を聞きました。
■会社は「軽業務への転換」を拒否できない
ー妊娠中の女性が、体への負担が少ない業務への転換を求めた際、会社は拒否できるのでしょうか?
結論からいうと、会社は拒否できません。労働基準法65条3項(母性保護規定)には、「妊娠中の女性が請求した場合、他の軽易な業務に転換させなければならない」とはっきり定められています。
しかし実際には「言い出しにくい空気だから」と無理をして立ち仕事や重労働を続け、切迫流産などのリスクにさらされるケースも少なくありません。本人の請求があることが前提ですが、会社側には安全配慮義務もあります。たとえ本人が言い出せなくても、会社は妊婦さんの健康を守る環境を整える責任があるのです。
ー上司のように「代わりの仕事がないなら休め、辞めろ」と迫ることは問題ないのですか?
それは「不利益取り扱い」に該当する可能性が高い非常に不適切な発言です。会社側が一方的に「仕事がないから休職してね」と命じ、それによって給与を減らすことは認められません。
ただし、会社には「新たな仕事を無理やり作り出す義務」まではありません。転換させる適当な業務がない場合は、現行業務の中での配慮・再配分を検討することが求められます。たとえば物流現場なら、重量物の運搬は他スタッフへ割り振り、本人は検品やラベル貼り、伝票処理などを中心に担当するといった組み替えが考えられます。
また、作業場所に椅子を常備し、いつでも着席できる環境を整えることも会社の責務といえます。
ーもし事務作業などに職種が変わった場合、給料を下げられてしまうのでしょうか?
職種変更に伴い、現場作業への「現場手当」などがつかなくなることは、合理的な説明がつく限り認められるケースが多いでしょう。
しかし、注意が必要なのは「役職や等級の降格」です。最高裁の判例(広島中央保健生協事件)では、軽易業務への転換を理由とした降格は、本人の自由な意思による同意や特段の事情がない限り、原則として違法であると示されています。安易な基本給の引き下げや降格は許されません。
ー話し合いが平行線になった場合、他にどのような選択肢がありますか?
主治医に「母健連絡カード(母性健康管理指導事項連絡カード)」を書いてもらうのが効果的です。これはつわり等の症状だけでなく、重作業や長時間の立位を避けるといった指導内容を会社に的確に伝えるツールです。医師の公的な指示があれば、知識不足の上司も対応せざるを得なくなります。
また、どうしても働けない場合は、健康保険の「傷病手当金」(連続3日以上の休業が要件、給与の約3分の2を支給)の申請も視野に入ります。
一人で悩まずに、各都道府県の労働局にある「雇用環境・均等部(室)」などの専門機関に相談することも検討してください。働く女性を守るための制度は、実はたくさん用意されていますよ。
◆南里有紀(なんり・ゆき) 社会保険労務士/社会保険労務士 南里有紀事務所
大阪府吹田市を拠点に活動。労務相談・給与計算・制度設計など、中小企業の人事労務を幅広く支援している。令和8年度、厚生労働省委託事業「仕事と家庭の両立支援プランナー」委嘱。経営と現場をつなぐ伴走型の労務サポートを強みとし、「人が辞めない組織づくり」をテーマに活動。自身も二度の妊娠・出産を経験した2児の母。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)























