「子供参観日」と名付けた行事が、神戸のアパレル大手「ワールド」で年三回、開かれる。
小学生の子供が母親とともに会社を訪問、父親の働く姿を見学する。毎回、母子三、四組を招待する形で、四年前に始まった。
会社に着くとまず、広報宣伝部員が社内をくまなく案内してくれる。次に父親の部署に行って仕事ぶりを見る。最後は社員食堂で昼食。社長や会長が子供と話す場も持つ。帰りには土産も付く。
参観の後、こんな感想文を送ってきた子がいた。「わたしも大きくなったら、ワールドに勤めたい」
同社は参観日の意義を「家庭がしっかりしていないと仕事に打ち込めない。それには、仕事を理解してもらうことも必要」と強調する。広い意味では、家族も会社の一員なのである。
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終身雇用、年功序列賃金、企業内労組・。この三つを柱とする日本型雇用システムは、戦後の高度成長を支えてきた。
企業にとっては長期的に人材を確保できる利点があり、社員は生涯安定した生活が送れた。働くほどに賃金が上がり、出世の階段を上れる仕組みは、帰属意識を高め、強力な集団主義を生んだ。
会社は、人材を集め定着のため福利厚生にも力を入れる。社宅、保養所、企業年金、通勤手当、慶弔金…。戦後建てられた社宅は百六十一万戸を超えた。企業年金を上積みした厚生年金基金の加入者は、平成五年で千百九十二万人に上る。
組織に尽くし、依存する人生は「会社人間」をつくり出した。
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大阪ボランティア協会は震災後、被災地の神戸、阪神間で活動するボランティアの職業を調べた。
結果は会社員が二八%を占めトップ。学生を上回った。協会は「大半は初めて参加した人」とみる。会社人間に、何が起きているのだろうか。
総務庁の平成四年労働力調査によると、転職希望者は全就業者の七・九%。ここ十数年で倍になった。二年前の国民生活白書は「自発的理由による失業者が長期的には増加傾向にある」と書いた。
企業の方にも変化は現れている。労働省の平成五年調査では、「終身雇用にこだわらない」という企業が四一・五%に達した。
バブル崩壊に円高の逆境下、企業は必死のリストラを進める。能力主義、早期退職、年俸制を採用する会社も出てきた。雇用慣行は崩れ始めている。
大阪ボランティア協会には、震災前から会員登録する会社員が徐々に増えていたという。「違う生き方を見つけたい、もっと社会に貢献したいという気が心の中に潜んでいる」と協会は指摘する。
敗戦から五十年。経済大国を築き上げた主力はサラリーマンだった。その数、五千二百万人。成長神話が消滅した今、揺れる会社人間の姿は、ひたすら走り続けた戦後社会を問い直しているようにも見える。(戦後50年取材班)
1995/8/20