連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

(6-1)福祉の理念 効率追い利用者とずれ
  • 印刷

 震災から三日目。神戸市の外郭団体「こうべ市民福祉振興協会」の登録ヘルパー、片山卓一さん(67)は、神戸市長田区で一人暮らす田中正さん=仮名=を訪ねた。半身まひの田中さんは片山さんを見て涙を流し、「水を飲みたい」と訴えた。

 登録者は片山さんのような定年退職組のほか、主婦が多い。高齢者の家事・介護を支援するいわゆる有償ボランティアである。協会の拠点は中央、長田の二カ所。常勤ヘルパーはおらず、約二千百人が登録していた。

 震災直後、利用者は助けを求めていた。しかし、大混乱のなか、ボランティアに訪問活動を指示するのは難しく、協会で肩代わりするには広すぎた。結局、震災の日から六日間、電話での安否確認にとどまった。

 「絶対数が少ないだけでなく、ノンプロに緊急対応を求めるのは無理があった」と、関西大の松原一郎教授(社会福祉)。

 登録ヘルパーに頼るお年寄りが陥った苦境に、効率優先、コストの論理の落とし穴を見る。

    ◆

 「障害者や高齢者、健常者の交流を目指すしあわせの村には敬意を表する。しかし、地域福祉にかかわるマンパワーや施設、拠点が不足しており、利用者のニーズとずれがある」

 長く障害者福祉に携わってきた県立総合リハビリテーションセンターの澤村誠志所長は指摘する。

 高度成長と共に進んだ核家族化。国から自治体へ・と、主体になる福祉の担い手は移り変わった。その流れの中で、神戸市は先進的な取り組みを続けた。

 全国でも例がない「市民の福祉をまもる条例」(七七年)。総合福祉ゾーン「しあわせの村」の建設と「フェスピック神戸大会」の開催(八九年)。いずれも全国から注目を集めた。

 登録ヘルパー制度の積極的な活用も、先進施策のひとつだった。

 しかし、その一方で、高齢者百人当たりの特別養護老人ホーム定員数は、全国五十九都道府県・政令都市の中で五十四位(九二年度)と最下位クラス。今年初めの待機者は約九百八十人にのぼった。

 「”一点豪華主義”の一方で、固定的な人件費や運営経費を増やすことを極端に嫌ってきた結果ではないか」。福祉の最前線にいる民間の人からは、そんな声が多く出る。

 ただ、アンバランスは多かれ少なかれ全国の自治体に共通する。日本の福祉理念の歴史は浅く、まだ五十年。「意識は低く、ニーズに対する個人、家族、社会の責任もあいまい。結局は行政の意識次第」と日本女子大学の小笠原祐次教授(老人福祉)は指摘した。

    ◆

 震災後、神戸市は「市民福祉復興プラン」を策定した。九二年にスタートさせた総合計画を前倒し、ホームヘルプサービスの派遣世帯とデイサービスの定員などを倍に、特養の定員を一・四倍にまでそれぞれ三年で増やす。

 超高齢化社会の入り口で起きた震災は、戦後福祉の見直しを迫った。澤村所長は「効率の福祉から安心の福祉へ」と表現する。(戦後50年取材班)

1995/8/16
 

天気(9月7日)

  • 33℃
  • ---℃
  • 20%

  • 37℃
  • ---℃
  • 40%

  • 35℃
  • ---℃
  • 20%

  • 35℃
  • ---℃
  • 30%

お知らせ