旅行が好きだが、荷造りは苦手だ。これは要るだろうか、あれを入れたらかさばるだろうかと、気を揉(も)むのが面倒なのだ。それでいつしか「荷造りは当日」という習慣がついた。当日の朝に荷造りをすれば、悩む暇もない。東京から地元の丹波篠山に帰省するときも、南米旅行へ行くときも、朝に急いで準備するようになった。
この画期的な習慣により、荷造りは楽になったし、忘れ物が増えた。しかしそれが思わぬ副次効果をもたらした。忘れ物を現地で調達するのが、楽しいのだ。
歯磨き粉を忘れてコロンビアで買ったこともあるし、インドでは着替え一式を揃(そろ)えた。タイでコンタクトレンズを買ったときは、視力検査が「C」ではなく「E」で苦戦した。ほとんどの日用品は、そうして現地で買えた。考えてみれば、現地の人は、そこで買い物をして暮らしているのだから当然だ。もはや荷造りなど、最初から不要だったのではないか。
そして不思議なことに、世界遺産を見て回ったことよりも、小さなバザールで歯磨き粉を探し回った時間の方が深く記憶に残っている。ひととき現地の日常にお邪魔(じゃま)できたような嬉(うれ)しさがあった。現地調達が楽しくて、帰路の荷物が増えてしまうことも珍しくない。
先日、神戸へ行った際には現金を忘れた。お店でカレーを食べていたら現金がないことに気づき、慌てて下ろしに行こうとしたところ、なんと店の常連さんが奢(おご)ってくれた。近くで歯医者をやっているというので、翌日お礼も兼ねてそこで検診を受けてみた。旅先で歯医者に行ったのは初めてで、新鮮だった上に虫歯も見つかった。これも忘れ物の副産物だ。新たに増えた口内の荷物を労(いたわ)りながら、帰路の新幹線へと乗り込んだ。
【おかだ・ゆう】1988年丹波篠山市生まれ。一橋大卒。投資銀行、IT企業を経て文筆家として独立。著書にエッセー集「0メートルの旅」「駅から徒歩138億年」「1歳の君とバナナへ」など。




















