半世紀前の1973年に発行された記念切手を今も大切に保管している。「高松塚古墳保存寄附金つき郵便切手」。この前年の3月、奈良県明日香村で発見された同古墳壁画をあしらった3枚だ。歴代最多記録の1億2千万枚が売れたといい、当時の古代史ブームの広がりを裏付ける。大人も子どもも女子群像などの極彩色に魅了された。
関西大の学生として発掘に携わり、後に芦屋市教育委員会学芸員となった森岡秀人さんは、自然光で壁画を見て、心を震わせた。「左手前(西壁)の男子群像。その緑と赤が印象的でした」と聞いたことがある。
先日、壁画修理作業室の公開に当選し、実物を見学する念願がかなった。高松塚古墳近くにある仮設修理施設に入り、寝かされた石室の壁をガラス越しに見る。女子群像の装束は美しく色に深みがある。だが思っていたよりも淡彩で、男子群像などはやや不鮮明に感じた。
発掘後、壁画は非公開の現地保存となった。ところが2004年、カビなどによる劣化が判明する。文化庁の管理責任と、報道されるまで公表を怠った姿勢が厳しく問われた。
専門家の意見が割れる中、石室は07年に解体し、取り出して修復された。作業には10年以上かかり、完了したのは3年前。壁画は年に数回ずつ公開されてきたが、劣化していなければこの目に触れなかったと考えると複雑な気持ちになる。
見学した修理作業室はまるで手術室のようだった。文化庁は29年度までに壁画を保存・公開する新施設を整備するという。そこは展示にふさわしい場所になるかもしれない。ただ、石室が本来あるべき場所はあくまで墳丘の中だ。技術的に難しくても戻す努力は続けてほしい。
