兵庫県洲本市の声楽家安永郁子さん(65)が、癒やしのメッセージを込めて歌う。17年前に長女を亡くした苦しみを抱えてきた。
#
母1人娘1人の家族だった。2005年夏、13歳だった長女の由理子さんが、旅先の体験乗馬中、馬の暴走で落馬し、亡くなった。
当時は伊丹市に住んでいた。事故後、安永さんは自宅に引きこもった。目に入る全ての親子が憎らしかった。音楽大学を卒業後、ラジオ局勤務を経てピアノと歌の講師をしていた安永さんだが、社会復帰には3年半かかった。仲間のコンサートに足を運び、ほっとできた。「音楽活動を続け、娘に恥じない生き方をしていきたい」と思った。
#
事故から5年後、NPO法人の設立に加わり、市民合唱講座や病院コンサートなどを開いた。個人でもコンサート出演を続けた。
NPOの活動は約7年で終えた。18年には安永さん自身が悪性リンパ腫で倒れ、抗がん剤による治療を受けた。音楽の生徒だった洲本市の女性経営者木山典子(まりこ)さん(63)が、自宅に招いて食事を作ってくれた。
淡路島に通うようになり、高層の建物が少なく、空の青さと風が心地よく感じた。「自分の視界も開けた気がした」と、19年に移住した。
#
洲本市中央公民館で月1回、コーラスを教える。木山さんが始めた音楽教室で、専属講師として個人向けレッスンをしている。伊丹市にも通って教えている。
コンサート出演では「命」を選曲のテーマにする。特によく歌う曲は、カナダのシンガー・ソングライター、レナード・コーエンの「Hallelujah(ハレルヤ)」だ。
原曲の歌詞は、旧約聖書を基に愛する者との出会いと別れを描く。安永さんは、自身の体験を基に付けた独自の歌詞で歌う。
全てを失ってたった一人で 何も感じないように 寄り添う天使の 優しさも気付かずに 心とめて
見えない絆やまごころを信じて 自由に飛び立とう
「娘を忘れてはならないという思いと、娘にとらわれすぎてはならないという思い。どちらも大切に生きていこうと決めた私らしく歌える」と話す。
「声はその人自身。うまさは関係なく、心を解き放って」と伝えていく。
【バックナンバー】
■ワタシ発、今・・・(32)イベント企画グループ 若手の起業輪広げたい
■ワタシ発、今・・・(31)クラフトビール 島ならではの味を追求
■ワタシ発、今・・・(30)IT集団 地方で小回り利くサービス
■ワタシ発、今・・・(29)物産店 島の「おいしい」顔でPR
■ワタシ発、今・・・(28)仏教絵図 現代の子どもに伝える地獄
■ワタシ発、今・・・(27)打楽器奏者 追い続けた夢、古里で花開く
■ワタシ発、今・・・(26)犬連れ客専用キャンプ場 地区活性化還暦で起業
■ワタシ発、今・・・(25)カフェギャラリー 障害者と地域をつなぐ拠点に
■ワタシ発、今・・・(24)トマト農家 無人販売所を情報基地に
■ワタシ発、今・・・(23)書道 心のまま書く、それが楽しい
■ワタシ発、今・・・(22)遊漁船長 海の仕事、若者世代へ発信
■ワタシ発、今・・・(21)創作神楽演者 技術磨き地元の歴史刻む
■ワタシ発、今・・・(20)元中学教諭 動画で数学分かりやすく
■ワタシ発、今・・・(19)空き家再生宿 夫婦で力合わせ大改修
■ワタシ発、今・・・(18)ロシア料理キッチンカー 侵攻中止訴え淡路島内巡る
■ワタシ発、今・・・(17)民泊 「帰省」への憧れ形に
■ワタシ発、今・・・(16)トランスジェンダー夫婦 「普通に生きたいだけ」
■ワタシ発、今・・・(15)夫婦デュオ 10分動画で島の魅力発信
■ワタシ発、今・・・(14)サル餌付け施設 お気に入りの1匹は…
■ワタシ発、今・・・(13)商店街再生 店の一角で集会や展覧会
■ワタシ発、今・・・(12)伝統芸能の土壌 発表の場、地域を越えて
■ワタシ発、今・・・(11)フォークソング 支えになるような曲を
■ワタシ発、今・・・(10)引きこもり家族の会 語り合う悩み活字に
■ワタシ発、今・・・(9)住職 ゆるキャラで寺を身近に
■ワタシ発、今・・・(8)ミュージシャン 音楽止めちゃいけない
■ワタシ発、今・・・(7)オカリナ作家 いぶし瓦で優しい音色
■ワタシ発、今・・・(6)文芸同人誌編集人 小さな違和感ヒントに
■ワタシ発、今・・・(5)店長兼バイヤー 「当たり前の価値」認識
■ワタシ発、今・・・(4)ボランティア記者 「住民ならでは」届ける
■ワタシ発、今・・・(3)元携帯ショップ店員 デジタル弱者支援へ起業
■ワタシ発、今・・・(2)イラストレーター 淡路弁への愛、漫画に
■ワタシ発、今・・・(1)副業ユーチューバー 移住者目線の島暮らし