看板商品「500色の色えんぴつ」と矢崎和彦社長。「世界中のしあわせの情景」から着想を得て、「晴れ渡るタスマンの海の色」など1本1本に色名が付いている=神戸市中央区新港町(撮影・大田将之)
看板商品「500色の色えんぴつ」と矢崎和彦社長。「世界中のしあわせの情景」から着想を得て、「晴れ渡るタスマンの海の色」など1本1本に色名が付いている=神戸市中央区新港町(撮影・大田将之)

 フェリシモの矢崎和彦社長(70)は1989年、社名を「ハイセンス」から現社名に変えた。新社名に込めた「最大級で最上級のしあわせ」を実現する仲間をつくるため、採用活動を重視してきた。それは、他の企業とは一線を画すものだった。

 (87年の)社長就任前から採用に携わりました。うちのビジネスはコンセプトや概念をつくり出さないと成立しません。そういう仕事に向いていないといけないし、やる気がないとだめです。それをどう短時間で見極めるか。ありとあらゆる接点を活用しました。まだ(多くの企業が)リクルートスーツでしか面接しないような時期に、最終面接を受ける人に「一番あなたらしい格好をして来てください」と伝えました。表面的なものではなく、その人の個性を見るためです。

 就職希望者に20ページの白紙の冊子を渡し、自由に自分を表現してもらう「自分カタログ」は83年から始まった。

 履歴書の記述欄を埋めるだけでも大変なのに、20ページの冊子を渡されて。それと向き合うには、本気じゃないといけない。昔は1日で全部書いてもらっていましたが、ある時から1週間ほど時間を与えるようにしました。いろんな表現スタイルを持つ人たちが、ちゃんと作り込めるようにするためです。時間の猶予ができると、本気じゃない人は後回しにしたり提出しなかったりします。だから、(本気度が)すごくわかりやすい。今、うちで「自分カタログ」を作ったことがない人は、私だけです。

 仲間づくりは社員に限らない。顧客にも参加してもらっているという。きっかけは、90年に始めた「フェリシモの森基金」だ。毎月1口100円から寄付してもらい、植樹活動に充てる。寄付額は累計約4億7千万円に上り、国内外43カ所で計約2871万本を植樹した。

 当時、メディアで環境問題が多く取り上げられていました。フェリシモでは、「自然のある生活を大切にしよう」というテーマのカタログを作っていて、その事業の責任者が「お客さまと一緒に(環境問題に)取り組めると思うから寄付を募りたい」と言い出した。金額を「千円とか5千円」と言うので、私は「1口100円にして、その代わり毎月募ったらいいんじゃないか」と提案しました。父親が古切手集めをしていて、「1枚は1円にもならないけど、全部集まったらすごいことになる」と言っていたのを思い出したからです。お金の大きさも大事ですが、思いの数も大事だと思いました。

 小さな呼びかけなのに、いきなり2万人くらいから集まりました。何の見返りがなくても、みんなのしあわせのためにお金を出す方がこんなにいらっしゃるんだと驚きました。その後の阪神・淡路大震災でも多くの義援金が送られた。人は何かを買うだけで生きていない。そんなお客さまの思いの受け皿として、フェリシモが役割が果たせるんだと気付きました。

 2010年には、社員が通常の業務とは別に、個人の興味関心や好きを起点にした「部活動」制度がスタートした。「猫部」「ミュージアム部」「おてら部」など計17の部があり、主に毎週水曜日の午前に同じ思いを持つ人たちと一緒に事業開発に取り組む。

 フェリシモでは「しあわせ」を2種類に分けています。比較優位による「相対的な幸福」と、その人が幸せだったら良いという「絶対的な幸福」。だれかと比べる相対的な幸福を否定はしないけれど、世の中がそれに偏り過ぎているように思います。子どもにも大人にも、自分が一番得意だと思える領域がきっとあります。得意なこと、好きなことだけをやらせてあげる世の中になったほうが絶対に良いと思います。

 作家の玉岡かおるさんは、うちでやっていたエッセー募集の取り組みがきっかけで、のちに作家になりました。もともと才能の塊のような方ですが、書くというきっかけを私たちが作ることができた。そういう気付きや機会を、商品やサービスを通じて提供していくことが、しあわせを実現する一つの形だと思います。

 部活動もそうです。みんながみんな、好きなことばかりをして本業そっちのけになっても困りますが、社員の「やりたい」をできるようにした方がいいと思って制度化しました。人はそれぞれ違って「固有の用」(その人だけが持つ役割)がある。それを生かしきるため、私は「役割と舞台」を社員やお客さまに提供し続けていきたいと思っています。(2021年に神戸・新港地区に開業した)新社屋を「ステージフェリシモ」と名付けたのも、おもしろい人が集まる場所にしたかったからです。(谷口夏乃)