全壊した自宅前に張ったメッセージ。「精一杯生き抜く」と書いた=1995年3月、西宮市甲東園3(羽中健二さん提供、画像の一部を加工しています)
全壊した自宅前に張ったメッセージ。「精一杯生き抜く」と書いた=1995年3月、西宮市甲東園3(羽中健二さん提供、画像の一部を加工しています)

 30年前の阪神・淡路大震災で、妻の幸恵(さちえ)さん=当時(34)=と長女愛梨(えり)ちゃん=同(5)=を亡くした羽中健二さん(62)=神戸市兵庫区=に会った。

 当時、家族4人で暮らしていた西宮市甲東園の一戸建てが崩れ、健二さんと、まだ11カ月だった長男敬登(けいと)さん(30)が残された。

 健二さんが写真を見せてくれる。その中の1枚に目が留まった。