姫路の街並みを見守るように立つ「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」=2025年12月、姫路市西延末(ドローンで撮影)
姫路の街並みを見守るように立つ「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」=2025年12月、姫路市西延末(ドローンで撮影)

 姫路市の手柄山山頂に1956年に建てられた「太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔」は、10月で建立70年となる。総務省によると、空襲で犠牲になった全国の民間人をまつる唯一の追悼施設だ。113の戦災都市でつくる連盟が「軍人軍属以外の犠牲者が国家的に何も顧みられていない」として被害を調べ、犠牲者数を約51万人と刻んだ。遺族は「体験者がいなくなっても塔は残る。市民の犠牲を記憶する場であってほしい」と願う。(金 慶順)

 今春開業したJR手柄山平和公園駅のすぐそば。山頂に突き立てた剣をイメージした高さ約27メートルの塔は「戦争という名の剣は二度と抜かない」という不戦の誓いを表す。塔が完成した10月26日は毎年追悼式典が開かれ、全国の遺族らが参列する。現在は20年ぶりの補修・洗浄工事のため、足場に覆われている。

 塔を建立した「全国戦災都市連盟」は47年、戦災復興の財源を獲得しようと、当時の姫路市長、石見元秀氏の呼びかけで発足した。物理的な復興が進むと、置き去りにされた民間犠牲者への対応を望む声が上がり、追悼施設の建立を求める機運が高まった。

 塔は56年、全国からの約8千万円の寄付で姫路市に完成した。左右には建設時の加盟都市数である113の側柱が並び、都市ごとの死者数と罹災者数が刻まれている。足すと死者数は50万9734人、罹災者数は955万1006人だ。

 塔を管理する一般財団法人「太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会」の山下和彦事務局長(63)は「実際の被害とずれはあるだろうが、加盟都市それぞれが調べて積み上げた貴重な数字」と説明。復帰前の沖縄や非加盟都市の犠牲者は含まれていないが、塔は「調査で把握しきれなかった犠牲者も慰霊している」と話す。

 45年7月の姫路空襲で祖父母を亡くし、空襲体験の語り部を続ける黒田権大さん(97)=姫路市=は、毎年追悼式に参列する。「戦争で民間人が犠牲を強いられることを忘れてはならないが、あと数年で空襲体験者はいなくなる。だからこそ慰霊塔の存在に意義がある」と強調する。