太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月21日。特攻兵器「桜花」を搭載した攻撃機の操縦士として、鹿児島・鹿屋(かのや)基地を飛び立ち、帰らぬ人となった若者がいる。海軍少尉・角勉(すみつとむ)さん=当時(26)。丹波市遺族会の前会長・角悟(さとる)さん(80)=丹波市柏原町北中=の父である。悟さんが生まれたのは半年後、終戦まもない同年9月。「だから父の顔は写真でしか知らない」と悟さんは語る。(堀井正純)
太平洋戦争末期の1945(昭和20)年3月21日。特攻兵器「桜花」を搭載した攻撃機の操縦士として、鹿児島・鹿屋(かのや)基地を飛び立ち、帰らぬ人となった若者がいる。海軍少尉・角勉(すみつとむ)さん=当時(26)。丹波市遺族会の前会長・角悟(さとる)さん(80)=丹波市柏原町北中=の父である。悟さんが生まれたのは半年後、終戦まもない同年9月。「だから父の顔は写真でしか知らない」と悟さんは語る。(堀井正純)