高市早苗首相が働き方改革の見直しに意欲を見せている。内閣の発足直後に、従業員の心身の健康維持と選択を前提に労働時間規制の緩和を検討するよう上野賢一郎厚生労働相に指示した。
首相は国会で「残業代が減り、生活費を稼ぐために慣れない副業で健康を損ねる人が出ることが心配だ」とも答弁している。労働者目線を強調するように見えて、企業への配慮が働いているのは明らかだ。経済界は残業規制が人手不足に拍車をかけていると不満を抱く。
過労死が社会問題化し、国は法整備などで官民挙げて長時間労働の是正に取り組んできた。首相の指示はそうした流れを後退させかねず、容認できない。従業員が残業を事実上強制される恐れもある。
労働組合の中央組織・連合や過労死した労働者の遺族らは「過労死がなくなっていない状況を重く受け止めるべきだ」と反発している。当然の反応と言える。
2019年施行の働き方改革関連法は残業時間に初めて上限規制を設けた。「月45時間、年360時間」を原則とし、繁忙期など特別な事情がある場合は月100時間未満までとした。特例とはいえ「過労死ライン」の月80時間を大幅に超える。
政府がまとめた25年版「過労死等防止対策白書」によると、過重労働やハラスメントなどによる精神疾患で労災を請求した件数は24年度に3780件に上り、10年度の3倍超となった。脳・心臓疾患による労災請求は1・2倍に増えた。労働現場の過酷な実態に、政権がどう向き合うかが問われる。
「もっと働きたい」という労働者のニーズがあるとも指摘されるが、厚生労働省の調査ではそれほど多くはなさそうだ。
厚労省が今年5月に公表した調査結果によると、労働時間を「増やしたい」と考える人は10・9%で、「このままでよい」と「減らしたい」は計89・2%だった。別の調査を基にした厚労省の分析では、労働時間を増やしたい人の一定数は「年収の壁」がネックになっている可能性が高いという。
長時間労働の抑制は、ジェンダー平等や少子化対策を進める上でも不可欠だ。人口減少時代を迎え、働きがいのある人間らしい労働と生産性向上をどう両立させるのか。労働者の実態を踏まえた上で多様な働き方を可能とする政策こそ、政府は進める必要がある。
























