「え、卒業したらデイサービスに行けなくなるんですか?」
特別支援学校高等部3年生の玲奈さん(知的障害と自閉スペクトラム症)を前に、母親の沙織さんは進路懇談の席で絶句しました。担任の先生が差し出した資料には「18歳以降は児童福祉サービス終了」とはっきり書いてあります。
児童福祉サービスは法律上「18歳まで」が対象です。もっとも、特別支援学校の高等部に通う子どもたちの多くは18歳前後で卒業を迎えるため、「卒業=サービス終了」と重なってしまうケースが大半です。学年の途中で18歳になった場合でも、在学中は児童サービスを利用できることが多いため、実際の区切りは「卒業」のタイミングとして説明されることが多いのです。
放課後等デイサービスに週5日通い、ヘルパーの付き添いで地域に出かけていた生活が、卒業式の翌日から突然なくなる--沙織さんは、そんな「18歳の壁」をこの時まで知らなかったのです。
児童期に適用されるのは児童福祉法です。ところが18歳になると、支援の根拠法が障害者総合支援法に切り替わります。法律が変わるとサービスの名称も仕組みも別物になります。加えて、2022年の民法改正で成年年齢が18歳に引き下げられ、契約の主体は「保護者」から原則として本人へ。親権が及ばない場面が増えるため、同意や手続きは18歳から“本人中心”になります。
しかし、しっかりと準備ができていれば、壁は階段に変わります。ここからは沙織さん親子が実際に取り組んだ「5つの準備」を追いながら、同じ状況にあるご家庭でも今日から動けるヒントをお届けします。
■18歳の壁を乗り越える5つの準備
▽相談支援専門員との面談
まず動いたのは高等部3年生の6月でした。学校経由で紹介された相談支援専門員と面談し、「サービス等利用計画」を作る予約を入れました。自治体によっては面談待ちが3カ月を超えることも。夏休み前に日程を押さえるのが安全です。初回面談では、1日の生活リズム、医療的ケアの有無、余暇の過ごし方を共有。専門員からは「生活介護事業所(以下、生活介護)と就労継続支援B型事業所(以下、就労B型)を組み合わせましょう」と道筋の提案があり、霧が晴れるようでした。成人期の障害福祉サービス利用には、原則『サービス等利用計画の作成』(計画相談支援)が必要です。なお、支給決定が卒業に間に合わない場合は、暫定支給決定(最長おおむね2カ月)で空白期間を避けられる制度が用意されています。相談支援専門員と早めに打ち合わせを。
▽事業所の見学
2つ目の準備は事業所見学です。
次は事業所見学。夏休みを使い、生活介護2カ所と就労B型1カ所を親子で訪問しました。送迎範囲、昼食の有無、スタッフ配置、利用者さんの雰囲気を現場で確認。何より大切なのは本人が「ここなら通えそう」と感じられるか。少なくとも3事業所を見比べると、“空きがない”と言われたときの代替案が立てやすくなります。
▽就労と福祉の併走
3つ目は「働く」と「福祉」を併走させる設計です。
玲奈さんは手先が器用で、紙袋づくりを褒められた成功体験がありました。そこで、生活介護で体調と生活リズムを整えつつ、別日に就労B型で軽作業を経験、ゆくゆくは一般企業の実習へ--という二段構えを設計。生活介護と就労B型の併用は、市町村の支給決定のもと可能ですが、同一日の重複利用は原則不可です。計画相談支援で併用の理由(各事業で何を支援するか)をはっきり言語化しておくとスムーズです。
▽お金と後見制度の準備
4つ目の準備はお金と後見制度です。
当初「成年後見までは不要」と考えていた沙織さんですが、親が急に入院した場合などのリスクに備え、家庭裁判所の説明会に参加。後見制度による法定後見/任意後見や信託との組み合わせを調べました。
家計面では、まず「何歳の時点でどのような収入があるか」を整理することが大切です。障害基礎年金は原則20歳からの支給ですが、それまでの18~19歳は特別児童扶養手当や障害児福祉手当が中心。年齢ごとに「いつから・いくら入るか」を表にまとめると、家計の見通しが立ちやすくなります。
▽情報共有ノートの作成
最後の5つ目は情報共有ノートです。
最後は情報共有ノート。学校の担任、相談支援専門員、新しい事業所が同時に確認できるよう、「好きな話題」「苦手な音」「落ち着くアイテム」「服薬タイミング」などをデータクラウドサービスに整理。卒業式の1カ月前に最終更新し、初登所日までに事業所スタッフが把握できたことで、緊張しがちな玲奈さんもスムーズに通所できました。
なお、放課後等デイサービス(放デイ)は就学中の障害児が対象で、高校卒業で終了が一般的ですが、継続しないと自宅を中心とした生活を損なうおそれがあると市町村が認めた場合は、満20歳まで利用できる特例もあります。専修学校・各種学校など「学校等」との連携もガイドラインに明記されており、移行の連続性が重視されています。個別の可否はお住まいの市町村に確認しましょう。
■18歳の壁を「つなぎ目」に変える
こうして迎えた4月1日。送迎車に乗り込む玲奈さんは、制服の代わりに作業着をまとい、新しい居場所へ向かいました。沙織さんは「“壁”と思っていたものが、きちんと段取りすれば“階段”になるんだと実感しました」と笑顔で振り返ります。
18歳は制度の切れ目ではなく、つなぎ目に変えることができます。高校3年生の春から逆算し、計画相談の予約、事業所見学、就労ルートの併走、後見と資金の備え、情報共有ノート--この5つをご家族と支援者で共有しておけば、卒業後の生活は驚くほどスムーズに滑り出せます。あなたのお子さんがまだ16歳でも17歳でも、準備に「早すぎる」ということはありません。「うちもそろそろ動こうかな」と思った今が、最初の一歩を踏み出すタイミングです。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士。身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)