夫と2歳の息子と暮らす田中さん。学生時代から忘れ物が多く、仕事でもうっかりミスをしがちでしたが、『自分はそういう性格』と思っていました。しかし去年、産休を明けて復職すると、育児と仕事の両立で負担が増し、これまで以上にミスを頻発するように。忘れ物も増え、家を出るのがギリギリになって遅刻も増えました。申し訳なさから自分を責め、涙が止まらなくなり、産業医の勧めで心療内科を受診したところ、うつの他、注意欠如・多動性障害(ADHD)の診断を受けました。
■発達障害の診断を受ける人が増えている現実
近年、発達障害の診断を受ける人の数が着実に増加しています。厚生労働省の2022(令和4)年調査によると、医師から発達障害だと診断を受けた人は国内に約48.1万人と推計されており、これは約260人に1人の割合になります。
特に注目すべきは教育現場での変化です。文部科学省の2022年調査では、通常学級で学習面または行動面で著しい困難を示し、特別な教育的支援が必要と考えられる児童生徒の割合は8.8%。これは35人学級なら約3人が該当する計算になります。この割合は10年前の2012(平成24)年の6.5%から2.3ポイント増加しており、社会の認識と対応が大きく変わってきていることがわかります。
この数字の増加について、専門家は「発達障害の理解が高まったことで、今まで受診しなかった人が受診するようになったことが主な要因」と分析しています。つまり、今まで「変わった人」「怠け者」と誤解されていた人たちが、適切な診断と支援を受けられるようになってきているのです。
■実際にはどんな困りごとが? 当事者の「あるある」エピソード
では、発達障害のある人は日常生活でどのような困りごとを抱えているのでしょうか。診断を受けた方々から寄せられた体験談を紹介します。
▽忘れ物・失くし物が多い
「手に鍵を持っているのに必死に探していた」「財布を頻繁に失くし、クレジットカードの再発行などの手続きを何度もしている」など、日常生活に大きな支障をきたすケースがみられます。
▽整理整頓が苦手
カバンの中や机の上が整理できず、必要なものを見つけるのに時間がかかるため、日常生活で手間取ってしまうことがあります。片付けたい気持ちはあっても、どこから手をつけていいかわからず、結果的に散らかったままになってしまいます。
▽感覚の過敏性
音や光に敏感で、オフィスの蛍光灯のちらつきや時計の音で集中できなくなったり、触感に敏感で服のタグや縫い目が気になって着られない服があったりします。これらの感覚は他の人には気にならない程度でも、当事者には大きなストレスとなることがあります。
▽コミュニケーションでの困りごと
相手の表情や雰囲気から気持ちを読み取ることが苦手で、思ったことをそのまま口にして場の空気を悪くしてしまったり、相手の疲労に気づかず一方的に話し続けてしまったりすることがあります。悪気はないのですが、結果として人間関係に支障をきたすケースもみられます。
■発達障害とは何か? ~「違い」を理解することの大切さ~
厚生労働省の発達障害者支援法では「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠如・多動性障害その他これに類する脳機能の障害」と定義されています。
重要なのは、「発達障害は先天的な特性であり、発達しないのではなく、発達のしかたに生まれつき個人差がある」ということです。つまり、適切な理解と支援があれば、その人らしく生活し、社会で活躍することは十分可能なのです。
田中さんも振り返ります。「学生時代は本当に辛かった。でも今は、自分なりの対処法を見つけて、以前より生きやすくなりました」。スマホのリマインダー機能の活用、重要なものを決まった場所に置く、疲れた時は無理をしない、チェックリストの作成など、工夫を重ねています。
■支援制度の活用と周囲ができるサポート
▽精神保健福祉手帳と療育手帳
様々な社会福祉制度を受けようとする時に必要となるのが「精神保健福祉手帳」や「療育手帳」です。田中さんのように大人になってから発達障害と診断された場合に交付されるのが「精神保健福祉手帳」です。初診日より6カ月以上経過すると申請可能となりますので、お住まいの市区町村の障害福祉担当窓口に相談し、必要書類の申請を行ってください。
一方、18歳未満の児童の場合で知的発達症である場合に取得できるのが「療育手帳」です。児童の場合は、児童相談所にて様々な検査を受けてから障害の判定となり、その後の審査で療育手帳の交付となります。
それぞれの手帳を交付されることで受けられる障害者福祉サービスについては、お住いの市区町村の障害福祉担当窓口にてご確認ください。
▽困ったときの相談先
「もしかして発達障害かも?」と思ったときは、まず各都道府県・政令指定都市に設置されている発達障害者支援センターに相談してみましょう。専門スタッフが相談に応じ、必要に応じて医療機関を紹介してくれます。身近な保健所や保健センターでも初回相談が可能です。
▽職場での配慮事例
田中さんの職場では、診断を受けたことを打ち明けた際、上司や同僚が温かく受け止めてくれました。「それなら大事な指示はメールで残そう」「一緒にチェックリストを作ってみよう」と、自然に工夫を重ねてくれたのです。
ある日、会議で資料を忘れてしまった田中さんが恐縮していると、同僚が笑顔で言いました。「じゃあ僕が資料を準備するから、田中さんはプレゼンに集中して!田中さんのプレゼン、いつも評判いいからさ」。その言葉に田中さんは救われ、「完璧じゃなくてもここにいていいんだ」と実感できたと言います。
■社会全体でできること
これらの体験談は、当事者にとっては「仲間がいる」という安心感を、周囲の人にとっては「理解のきっかけ」を提供しています。当事者の方は「忘れ物をしてしまう自分」「コミュニケーションが苦手な自分」を責めるのではなく、「そういう特性を持った自分」として受け入れ、うまく付き合っていく方法を見つけることが大切です。
社会全体で、一人ひとりの「違い」を理解し、誰もが生きやすい環境を作っていくことが求められています。それは発達障害のある人だけでなく、すべての人にとってより良い社会につながるはずです。
【監修】勝水健吾(かつみず・けんご)社会福祉士、産業カウンセラー、理学療法士 身体障がい者(HIV感染症)、精神障がい者(双極症2型)、セクシャルマイノリティ(ゲイ)の当事者。現在はオンラインカウンセリングサービスを提供する「勇者の部屋」代表。
(まいどなニュース/もくもくライターズ)
























