名門・横浜高校の捕手として、松坂大輔とバッテリーを組むなど、高校野球界のエリートとして甲子園を目指した日々。俳優・上地雄輔の輝かしい球歴は多くの人が知るところだが、11月28日公開の映画『栄光のバックホーム』(11月28日公開)で、阪神タイガースで未来を嘱望されていたものの、大病によって大きなハンデを負ったプロ野球選手・横田慎太郎さんを支えたトレーナー・土屋明洋という自身の経歴にも馴染みの深い役を演じた。そんな上地が、白球を追い続けた過去に複雑な想いを抱えながら対峙してきた20年以上の歳月を振り返った。
■“横浜高校のキャッチャー”という消えないインパクト
「よく野球のことを言われるんですけど、もう20、30年近く前のことなので、正直あまりよく覚えてないんです」と苦笑いを浮かべながら語った上地。その言葉の裏には、青春時代のすべてを捧げた野球への、一筋縄ではいかない感情が渦巻いていた。
20代の頃、芸能界という全く違う世界に身を置きながらも、強豪・横浜高校のキャッチャーという肩書きは常に上地について回った。それは誇りであると同時に、重い十字架のようにも感じられたという。
「僕自身、甲子園には出ていないのに、『横浜高校でキャッチャーをやっていた』というだけで、20代の頃はそのことを強調されて言われることが多く、すごく恥ずかしかったんです。もちろん誇りに思う気持ちもあるのですが、全然関係ない仕事をしているのに、なんでいつも言われるんだろうって。プロ野球選手になった人も、社会人野球で活躍した人もいっぱいいる中で、なんか申し訳ない気持ちが強かったんです」
横田選手は、甲子園を目指していたものの夢かなわず。しかし阪神タイガースの選手として、甲子園でプレーをした。高校球児の聖地・甲子園。それは上地にとって、どのような場所だったのか。しかし上地は意外にも、がむしゃらに「目指していた」という記憶はないという。目の前の練習をこなし、一日を終えることに必死で、未来を夢見る余裕すらなかったという。
「甲子園出場というのも、いい意味でも悪い意味でも一生残る。甲子園に出ただけで、永遠に言われる。例えば就職の面接などでも履歴書に『甲子園出場』と書けば、だいたいの方が興味を持ってくれたり、一定の評価をしてもらえることもあります。でもそこで満足したらダメだし、いつまでもその話をしていてもしょうがない」
■野球への“答え合わせ”と恩返し
怪我をきっかけに野球を断念し、芸能界という新たな世界へ進んだ上地。その選択が正しかったのか。野球から離れた人生が、決して間違いではなかったと証明するための、長い長い道のりが始まった。野球という存在は、時に「なにくそ」という闘志を燃やすための薪となり、時に進むべき道を照らす友となった。
「自分の選択が正しかったんだと思うための答え合わせのために、今こうして芸能活動をやっているみたいなところもありますね。40過ぎて50近くになって初めて、野球があったから頑張れたと振り返ることができますし、反骨精神にもなりました。若いころは、道具として野球を使いたくないなと思っていましたし、それに頼っていたら長続きしないだろうなとも思っていました。ライバルでもあり、親友でもあるみたいなのが、甲子園とか野球のような気がします」
野球の世界で生きる人々への敬意も忘れない。中途半端な気持ちで野球に関わることは、命を懸ける彼らに対して失礼にあたる。だからこそ、俳優として、表現者として揺るぎない地位を確立し、胸を張って故郷へ帰るように、野球と向き合える日を待ち望んでいたのかもしれない。
「もっと上手い奴は世の中にゴロゴロいる。プロ野球選手になったり、途中で挫折した人も含めて、一生懸命やっている人たちの為にも、もっと大きくなって、大人になって、こういう役などで野球やそういう人たちに恩返しができたらなと思って頑張ってきた理由の一つでもあるので」
映画『栄光のバックホーム』への出演は、まさにその「恩返し」の機会だった。病魔と闘いながらも、最後までグラウンドに立つことを諦めなかった横田慎太郎さん。彼を支えるトレーナー・土屋を演じることは、野球と共に歩み、野球と距離を置いた、上地自身の人生そのものが投影されている。若い頃から信頼を寄せる秋山純監督からのオファーだったことも、彼の心を動かした。
「この作品でこのチームなら、愛情のある素敵な作品になるだろうなと思いました。横田さんは亡くなられたのですが、作品として生き続けるようなものができるんじゃないかなと思って、快く引き受けました。僕で力になれることがあるなら……という気持ちで、全力で頑張ろうと思ってやりました」。
劇中、主人公のボールを受けるキャッチャーミットの構えは、ブランクを感じさせない本物そのものだ。それは、彼の身体に深く刻み込まれた記憶の証。かつて向き合い、葛藤し、そして今再び受け止めた野球という名のボール。その重みを知る上地だからこそ、この物語に確かな魂を宿すことができたのだろう。
(まいどなニュース特約・磯部 正和)
























