神戸・三宮に近い中央区琴ノ緒町。鉄筋鉄骨の六階建てテナントビルが、コンクリートの鈍い光沢を放っている。築後八年、要さいのように重厚で、被害などなかったように見える。
しかし、屋内に入ると様子は一変する。X状の亀裂が入った柱。雨漏りの跡が残るくぼんだ天井。鉄骨枠から外れ、隣接のビルにもたれかかった壁。損壊の大きさに息をのむ。
このビルが、市の一次判定では「被害なし」だった。再調査の申し入れで、区役所から派遣された同市固定資産税課の係長(三九)は「半壊、いや全壊になるかもしれません」と、申し訳なさそうに話した。
神戸市など被災自治体が発行する罹(り)災証明書は、建物の被害程度に基づいている。震災直後、建物へ立ち入ってよいかどうかを調べる「応急危険度判定」を実施したが、その後、証明書発行の調査をした。
「危険度判定と違う」「きちんとみているのか」と、苦情は今も絶えない。役所窓口には再調査を求める市民が列をつくる。
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災害救助法は、被害を全壊、半壊、一部破損の三段階に区別する。判定は(1)延べ床面積の被害割合(2)柱など主要構造物の時価被害額が指標と定める。
床面積による判定は火災や水害なら適切だが、震災被害には向いていない。時価被害額による算定は、被害があまりにも膨大で、とても間に合わない。
神戸市は震災後、法律をべースにしつつ、独自の基準をつくった。固定資産税の算定式を利用して壁、土台、屋根などの構造部分ごとに重要度を定め、それぞれの損壊程度から全体の被害率を計算する。他市でもほぼ同じ方法を採用している。
だが、千差万別の被害を三ランクに線引きする難しさ。「国の基準があいまいなうえ、市でも急いでつくったから、試行錯誤です。いろんなケースを見比べながらやっている。判定がおかしいと言われると、正直なところ自信がない」。職員自身も戸惑い気味だ。
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建物の被害判定から、罹災証明の発行、そして全・半壊家屋には、義援金や自治体見舞金が出る救済の仕組み。一部破損でも、税金特別控除の参考書類になったり、被災者向け低利住宅融資に役立ったりするが、「家の今後」を考える上ではどうなのだろうか。
連日、被災者の相談に応じている兵庫県庁南西の県建築士事務所協会を訪ねた。有料で家屋診断する建築士も紹介している。
相談員の一級建築士(四五)は「判定結果と補修、建て替えは、まったく別次元ですよ」と、額の汗をぬぐいながら話した。
「一部損壊や半壊の判定を受けても、補修費が高額になるため建て替えを勧めるケースは多い。逆に、全壊の判定を受けた建物でも費用次第で補修は可能です。市の判定と、建築士や工務店の見積もりの違いに驚く人は結構いますよ」
「一部破損」の垂水区の住宅は、建築士の調査で土台の被害が予想以上にひどかった。補修には五百万円近くかかる。築後二十年を超え、「建て替えが経済的」という結論になった。
全壊判定を受けた須磨区の一戸建て住宅は、「約五百万円で補修が可能」とわかった。所有者は「座敷などに工夫をこらした思い出深い家。なんとか残したい」と補修を選んでいる。
1995/3/18