住民の視線が建築士の指先を追っていく。
「壁のひびは構造上、影響ないが、梁(はり)の亀裂は怖い。補修で済むだろうが、中を見ないと分かりません」。避難先から集まった二十人は、食い入るように図面を見つめた。
十一日午後、神戸市須磨区、地下鉄板宿駅近くの七階建てマンションの住民は、マンション内で会合を持った。建築士は、約二時間かけ屋上から順に破損度や倒壊の危険性などを点検。被害と補修方法を説明した。だが、住民が最も関心を持っていた予算見積もりは後日となった。
神戸市の判定は「半壊」だった。「補修すれば、住み続けられる」。胸をなで下ろしたが、数日後、二-四階中央部三戸の梁が折れているなど被害の大きさが分かった。二月下旬の会合は、建て替えか補修かで、ほぼ半々に分かれた。
「五十四歳では、新たにローンを組むのは無理。補修してほしい」「建て替えた方が、資産価値が上がる」「解体費用は市が負担する。建て替えのチャンスではないか」
被害の差はもちろん、ローンを払い切った人もいれば、十八年残している人もいる。事情の差は大きかった。
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神戸・阪神間の分譲マンションは推計三、四千棟。建築家らでつくる集合住宅維持管理機構(大阪)の調べでは、抜本策が必要な被災マンションは一割前後。三、四百棟が、建て替えか大改修を迫られる計算になる。軽い被害は被災地周辺から、大阪府下や京都、奈良市など広範囲に及ぶ。
被災マンションで、全壊し、補修不能の場合は民法、補修か建て替えかの選択の余地がある場合は、区分所有法が適用される。民法は、建て替えに全員同意が必要としていたが、ようやく十七日、「五分の四で可能」とした特別法が成立。区分所有法は、建て替えは五分の四、補修は四分の三の同意がいるとする。
「でも、たとえ五分の四の同意が取れても、反対をし続ける住民が、持ち分の買い取りを求めた場合、暗礁に乗り上げることは必至だ」と、関西分譲共同住宅管理組合協議会世話人代表の佐藤隆夫さん。「反対者の所有権を公団、公社などが買い上げるなど、踏み込んだ救済策を取る必要がある」と指摘する。
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「出席者百七十二人中、百六十人が賛成。補修方針が決まりました」
今月五日、神戸市灘区大石東町の十階建てマンション「ドルミ灘」(百九十八戸)中庭で開かれた管理組合総会。組合理事の発表に拍手が沸いた。
壁や基礎部分にひびが入って「全壊」と判定され、住民の多くが避難した。残った約三十世帯は緊急対策本部を結成し、行政、広報、パトロールなど役割を決めた。ほぼ毎晩、対策を練り、近くの地下水から仮設水道も引いた。
業者は三回の検査を経て、補修可能と判断。概算見積もりは、一戸当たり百八十九万円と試算した。
当初は建て替えを求める声もあったが、調査が進むに連れ、補修にまとまってきた。開票の結果を見た対策本部長の会社員磯村佳宏さん(四九)は「これほどの大差になるとは」と驚いた。
翌六日には、基礎の補強工事が始まる。被災地マンションでは異例の早さだった。
1995/3/24