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(10)自主防災には(上) 大切な地域のつながり
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 神戸市長田区南部の真野小学校で十三日開かれた「真野地区まちづくり推進会」の事務局会議。深夜に及ぶ論議がこう着しかけたとき、同会復興部長の清水光久さん(55)は語気を強めた。

 「結局、自分の町は自分で守らな、だれが守ってくれるんや」

 議題は、二百人の避難者向けに建設する木造パネル住宅案。地域には仮設住宅に当たっても出るのを嫌がる人が多い。それならと自ら、「第二次避難所」を造る考えなのだ。

 真野地区は自主的な街づくり運動で名高い。震災でも、住民組織が大きな役割を果たした。「住民による危機管理が防災に威力を発揮した」と、調査した学者らは口をそろえる。

 震災発生の一月十七日。約二千三百戸のうち六百戸が全半壊した。火は東尻池町から出た。

 自治会長で消防団員を務める田中克尚さん(51)が現場に駆け付ける。消火栓は水が出ない。近くの三ツ星ベルト工場へ行き、工場用水をホースで引いたが、現場まで届かない。自然と集まった住民ら二十人がバケツリレーを展開した。

 昼すぎにようやく消防車が到着。運河から水をくみ上げ、約五十戸、約三千七百平方メートルを焼いて鎮火したのは午後三時ごろだった。

 「だれでもええから手伝え、と怒鳴ったら、バケツを回してくれたよ」と田中さん。その結束について、「日ごろの自治会活動のお陰。みんな協力することが苦にならんのや」と話す。

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 災害対策基本法は、市町の責務の一つとして、「住民の隣保協同の精神に基づく自発的な防災組織の充実」を挙げる。いわゆる自主防災組織だ。

 神戸市の地域防災計画には「自治会、婦人会、民生委員、PTA、消防団などによる自主防災推進協議会結成を推進する」とある。

 兵庫県内で、震災前に組織していた市町は五十六で、その数は計千三百八十二。世帯別組織率は二九%となり、全国平均の四三%より低く、ほぼ百%に近い静岡や山梨に遠く及ばない。神戸・阪神間では、芦屋、宝塚にはなかった。

 震災直後の活動は、各市で集約中だが、担当者は話す。

 「組織として動いたところは少なかったようだ。水害と火災しか想定しておらず、ここまで大規模にやられては」(西宮市)
 「普段からほとんど活動していないので…」(伊丹市)
 「火災は市内で少なく、初期は顕著な動きがなかった」(尼崎市)

 従来の活動は、防災映画上映など啓発や、年に一回の避難訓練がほとんど。役員は、自治会役員らが兼ねているケースが多い。百六十八組織があった神戸市では、名簿の更新もしていないところがあるという。

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 真野地区にも、自主防災組織はあったが、実は住民らはその組織の一員であることは、あまり意識していなかった。

 自治会単位で訓練は行われ、消防団がしっかりしていた。「真野地区のように、地域にまとまりがあるところはバケツリレーもできる。新興団地やマンションは、そうした意識の共有は難しい」と神戸市消防局の細川正一消防指令長。

 バケツリレーなど自主的な活動は、新開地や新長田でも報告されている。そうした住民の組織をどうつくり上げていけばいいのだろうか。

1995/5/25
 

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