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復興へ 第3部 都市が問われた

(4)もっと公園を 住宅密集地でどう整備
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 ひし形のちょっと変わった形の大国公園は、JR鷹取駅から二百メートルほど東の神戸市長田区にある。

 面積は約千六百平方メートル。東側に立つクスノキとイチョウ計十三本には、焼け焦げた跡が残り、その向こうに「鷹取商店街」のアーチがぽつんと立つ。背後には、赤茶けた更地が広がる。公園を境に、雰囲気はがらりと変わる。

 公園北西の四階建てビル。三階の事務室で婦人靴メーカー経営、二井建則さん(42)は「公園がなかったら、確実にうちの工場にまで火がきてた。今ごろ仕事はできてないね」と振り返る。

 「見事に『焼け止まり』の効果を発揮している」

 大国公園を綿密に調査した日本造園学会阪神大震災調査特別委員会は、こう指摘している。

 焼け残った地域と焼失地域の位置関係、園内の樹木の被害状況を見たところ、東の商店街から迫った火は、樹木を焦がして止まった。「水分を含んだ樹木が、『水の壁』になった上、オープンスペースが延焼を食い止めた」と、同委員会幹事で神戸大学非常勤講師の佐々木葉二さんは言う。

 防火機能に加え、避難場所、物資の配給拠点、仮設住宅の建設用地…。同学会が神戸・阪神間の公園五百五十八カ所の震災後の利用実態をまとめたところ、四割強が多くの目的に使われた実態がわかった。

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 神戸市は、政令指定都市で都市公園面積トップを誇ってきた。近隣、地区公園など四万平方メートル以下を「住区基幹公園」と呼ぶが、総面積を住民数で割ると、神戸は一人当たり三・三七平方メートル。大阪の倍以上で、横浜の一・七倍になる。

 「グリーン神戸作戦」が始まったのは一九七一年。大国公園は、ちょうどその年にできた。長田区では、用地買収、工場跡地の活用などで、一九八〇年の三十七カ所が、震災前には七十一カ所に増えた。

 しかし、震災で大きな打撃を受けた古くからの住宅密集地はまだまだ少なかった。長田区は一人当たり一・六一平方メートルと市平均の半分以下。灘区も一・九五平方メートルで、西、北区のニュータウンの公園が、全体の数字を押し上げる。 

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 神戸市は、北区のしあわせの村や兵庫区の御崎公園などを「防災拠点公園」に整備、地域ごとに「防災公園」をつくり、緊急避難や物資配給の拠点にする考えだ。新長田駅周辺など区画整理や都市再開発の対象地域では、減歩や住宅の高層化で土地を生み出し、全体で計二十二の公園をつくりたいとする。

 計画地域以外の新たな「防災公園」は、配置、規模ともまだ青写真以前の段階だ。「新たに開発するニュータウンでは、公園を計画的に配置できるが…」と、具体化に市公園緑地部の口も重い。

 佐々木さんと中瀬勲姫路工大教授は、調査結果をもとに「公園からの神戸復興計画」を市に出した。

 冒頭にあるのが「辻広場」のアイデア。小さな公園でも配置や機能を工夫すれば、立派な避難場所になったという事実を踏まえ、百・二百平方メートルの小公園を町単位に配置する。ふだんは、緑に触れ、隣近所が気軽に語り合える場所にする。

 「家の生け垣の緑道から緑の辻広場、そこを伝って街区公園へ。きめの細かいネットワークをつくれば、戸口から緑に守られながら避難できる。そんな公園を住民参加を得ながらつくるのはどうか」。二人は提案している。

1995/5/19

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