日々小論

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 「3密」「ソーシャル・ディスタンス」「オーバーシュート」「アベノマスク」…。新型コロナウイルス禍の今年は、新語・流行語大賞の候補に事欠かない。「ステイホーム」しつつ、どれがふさわしい? と思いを巡らせるが、心に刺さる言葉には行き当たらない。

 使われ始めてから強い違和感があるのが「自粛要請」だ。自粛とは、自らの判断で慎めばいいのであって、誰かに言われてやるものではない。家にこもり、外食もできない。そんな閉塞(へいそく)感が伴う「自粛」を半ば強制され、「自粛警察」なる過剰な言動も引き起こされている。

 日本語に詳しい武庫川女子大名誉教授の佐竹秀雄さんは「『自粛という形で行ってください』という依頼だと解釈すべきです」と指摘する。「自粛」には「他人のために自ら犠牲を払って行動する」という無欲で高潔な人格がつきまとい、「みんなのために」は、政治や行政にとって、まじめな日本人を動かす都合の良い言い回しなのだ。

 外出自粛が広がり始めてから約3カ月。収入が途絶えた事業者らからは「出口」を求める切実な声が上がる。だが、自粛によって倒産したとしても「本人が自らした行動だから、政府に責任はない」と罪悪感を覚えなくて済む。一方で、緊急事態宣言が解除され、久しぶりに街に繰り出せば、「気の緩み」ととがめられる圧迫感。「緩み」の責任って、誰が負うの?

 もっとも、「責任」といえば、安倍晋三首相は「ある」とは言っても「取る」とはめったに言わない。政治家にとって言葉は何よりの「武器」なのに、全てを引き受ける「覚悟」がないから、心に響かない。「責任はある」。いっそのこと、流行語大賞の候補に推そうか。

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