「そんなことがあるんだな」とつくづく思う。今春から大学院生として神戸大病院小児科で診療する医師市川裕太さん(33)=神戸市灘区=は二十数年前、同じ病院で重病と闘っていた。当時から診る野津寛大(かんだい)教授(49)は「病状は深刻で、死を覚悟していた」と振り返る。
市川さんは小学3年の時、治療薬が効かないステロイド抵抗性ネフローゼ症候群(SRNS)と診断された。末期の腎不全になり、母親の腎臓を移植したが再発した。不運は重なる。免疫を抑える薬の影響で悪性リンパ腫の一種「移植後リンパ球増殖症」(PTLD)になり、出血が止まらなくなった。命に関わる病を二つも抱えた。
「このままではゆうちゃんが死んでしまう」。野津さんは、別の病気の治療薬「リツキシマブ」がPTLDに効いたという海外の症例を上司に報告し、わらにもすがる思いで投与した。すると奇跡が起きる。PTLDだけでなく、SRNSも治ったのだ。今では両方の特効薬として世界中で使われている。
命を救われた市川さんは、医師になって子どもたちを笑顔にしようと決意する。
3浪の末、兵庫医科大の県費推薦枠に合格する。ここまでは以前、記事で伝えた。その後、神戸大大学院に進み、腎臓病の子を診療する夢をかなえた。注射の痛さや入院の不安が分かるお兄さん役も務める。
腎移植の影響で、今でも免疫抑制剤を定期的に受ける。だが新型コロナウイルスの流行下でも、ストレスを抱える子どもたちと向き合ってきた。家族も挑戦を温かく見守っている。
市川さんは、自身の活躍が多くの人たちの希望になると信じている。偶然を生かしきることが医療の進歩を生むことも。
