「世界との対戦で競技の奥深さを知り、勝つことで達成感を得る。上には上があることを知るたび、走る情熱が湧いてくる。だからやめられない」
かつて、パラリンピックを控えた陸上のパラリンピアンから聞いた言葉だ。なぜ競技を続けるのか。走る喜びは。その答えからは純粋に勝利やタイムを追い、メダルを求め、戦いを楽しむ。そんなアスリートの本懐を感じた。
こちらは、世界最高峰の戦いのどこに価値を見いだしたのだろう。東京五輪・パラのスポンサー企業選定を巡る贈収賄事件は終わりが見えない。組織委員会と企業の関係者間で、複数の不透明なカネが動いていたとされる。
招致段階から多くの疑問符が付いた大会だった。真夏の開催を断行した国際オリンピック委員会などの姿勢は、選手ファーストからは程遠かった。マラソンは酷暑の東京を避けたはずが、棄権者が続出した。
サッカーのワールドカップ(W杯)もそうだが、世界規模のスポーツイベントは商業主義の側面が大きくなりすぎた。11月のW杯カタール大会は、数百億円とも言われる巨額の放送権料に放送局側が音を上げ、テレビで観戦できる試合は限られることになった。
選手たちが全力でプレーし、見る側に感動や興奮をもたらしてくれる。そんなスポーツの本質が置き去りにされ、ビジネスやカネがはびこる現実は、誰が望んだ事態だろう。
汚職事件の全容解明へ捜査が続く中、札幌市などは2030年の冬季五輪・パラ招致を目指している。誰のために、何のために。少なくとも、カネや利権が話題に上るような大会に、開催の意義は見いだせない。








