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大勢の地元住民や来賓、報道陣が詰めかけた堀江謙一さんの帰港セレモニー=西宮市西宮浜4(撮影・鈴木雅之)
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大勢の地元住民や来賓、報道陣が詰めかけた堀江謙一さんの帰港セレモニー=西宮市西宮浜4(撮影・鈴木雅之)
偉業を達成した堀江さんを祝福する人たち=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)=西宮市西宮浜4
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偉業を達成した堀江さんを祝福する人たち=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)=西宮市西宮浜4
サントリーマーメイド3号の船上から手を振る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)
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サントリーマーメイド3号の船上から手を振る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)
西宮浜義務教育学校の児童らが作った横断幕で飾られた桟橋を渡る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)
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西宮浜義務教育学校の児童らが作った横断幕で飾られた桟橋を渡る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・斎藤雅志)
会見で航海を振り返る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・鈴木雅之)
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会見で航海を振り返る堀江さん=西宮市西宮浜4(撮影・鈴木雅之)

 「太平洋ひとりぼっち」の旅から60年。ヨットによる単独無寄港の太平洋横断を再び成し遂げ、世界最高齢の記録を打ち立てた堀江謙一さん(83)が5日、拠点とする新西宮ヨットハーバー(兵庫県西宮市)に降り立った。「お帰りなさい」「夢をありがとう」。ゆかりの人や地元の子どもたちから、祝福の声が相次いだ。

 「謙一さんの粘り強い挑戦の勝利です。おめでとう」。50年来の友人で、今回も衛星電話で航海中の通信を支えた堀江治夫さん(78)=京都府宇治市=は、喜びをかみしめた。

 毎朝9~10時ごろの定時連絡では安否確認に加え、その日の風や潮の状況を踏まえ、ヨットをどうコントロールするか意見を交わした。孤独なはずの洋上から届く「心配ないよ」という一言が、治夫さんら仲間の気持ちを和ませた。「励ますはずが、逆に励まされた」。100歳まで挑戦を続けると宣言した不屈の友を「しばらくゆっくり休養し、次の事を考えるのはその先に」といたわった。

 60年前の初の太平洋横断当時2歳だった田中透さん(62)=大阪府池田市=は大阪空港で堀江さんに花束を渡した。そして今回も。「前回は私も父に抱っこされ、堀江さんも若かった。感無量です」

 初代マーメイド号の製造に携わったオクムラボート販売(兵庫県姫路市)の奥村雅晴社長(69)はニュースで偉業を見届けた。60年前の航海後、先代の父と語り合う堀江さんのにこやかな笑顔を思い出す。「80歳を超えて現役とは。私たちも末永く健康でヨットに乗り続けたい」と拍手を送った。

     ◇

 堀江さんの挑戦は子どもたちにも強烈なインパクトを残した。

 桟橋には、地元の市立西宮浜義務教育学校の児童らの応援メッセージを貼った「おかえりなさい」の横断幕。4年生の女児(9)は「あんなに小さなヨットで大きな海を渡るなんて」と驚く。図書館で堀江さんの航海記「太平洋ひとりぼっち」を借りて読んだ。祖父母より年長のヨットマンに「どんな冒険だったのか、会って聞いてみたい」と声を弾ませる。

 9年生の女子生徒(14)は「一度の成功で満足せず、チャレンジを繰り返すのがかっこいい。スケールが違う」。別の女子生徒(14)は「夜の海は暗いだろうし、波に襲われても誰も助けてくれないって、想像するだけで怖い。事故なく戻ってきてくれて良かった」と胸をなで下ろした。(山岸洋介、斎藤雅志)

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