JR姫路駅(兵庫県姫路市)周辺整備事業「キャスティ21」は、規模の壮大さから「平成の築城」とも呼ばれる。一番の目玉施設が昨秋、駅東に完成した。2千人超収容の大ホールや約4千平方メートルの展示場を備える姫路市文化コンベンションセンター「アクリエひめじ」(同市神屋町)だ。実はホールの顔とも言える緞帳(どんちょう)を巡って、ちょっとした論争が起きている。そのデザイン、何かおかしくないですか?
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アクリエには、世界文化遺産・国宝姫路城の大小の天守を模した大ホールと中ホールがあり、いずれも豪華な緞帳が舞台と客席を区切る。姫路の生んだ世界的ファッションデザイナー高田賢三(ケンゾー)さんが手掛けた。新型コロナウイルス感染症により2020年10月に81歳で急逝したため、最大の遺作となった。
大ホールの「サンライズ」(日の出)は幅22メートル高さ12メートル、中ホールの「サンセット」(日没)が幅18メートル高さ10・5メートル。いずれも太陽や大輪のシャクヤクを配置する。
ちなみに以前の中核施設、姫路市文化センター(同市西延末、昨年閉館)の緞帳は洋画家尾田龍(1906~92年)の作品を基に織られた。尾田はケンゾーさんが姫路西高校で学んだころの美術教師。教え子がデザインを引き継いだ。
大ホールではまばゆく輝く朝日を黄や紺、茶色の花々が彩る。中ホールでは夕映えに溶けゆくような夕日が赤やオレンジの暖色で描かれる。
逆光でやや分かりにくいが、朝日と夕日、どちらの幕にも姫路城が描かれる。この「お城と太陽の位置関係」がひそかな議論を呼んでいる。
「夕日は、写真的な視点では正確ではないんですよ」。アクリエを管理運営する市文化コンベンション推進室の大前晋室長が教えてくれた。
緞帳の姫路城は南西側から見た姿とされ、向かって右側に大天守、左側に小天守が二つある。そして太陽はどちらも城の左側に位置する。
「朝日はいい。でも夕日が同じ位置なのはおかしい。ケンゾーさんに伝えたのですが『イメージだからいいんじゃない』というお返事でした」と大前さん。「デザイン上の工夫と理解しました。それなら太陽がどこにあっても問題ないのではないか」
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毎日いろんな角度から城を撮っている人はどう思うか。写真愛好家として知られるヤマサ蒲鉾(かまぼこ)(同市)の名田和由社長(56)に聞いてみた。
名田さんは開口一番、「ケンゾーさんは両方とも朝日を描いたんですよ」。記者が「朝日と夕日だと聞いたんですが…」と返すと「色使いは朝日と夕日っぽいけれど、どちらも朝日だ」と譲らない。「中ホールは日の出の瞬間、大ホールはそれから1時間くらいたった状態。6月ごろに材木町方面から見たお城では」と名田さん。年中撮影しているだけに説得力がある。
本当のところはどうなのか。大前さんと市役所で話していた時、偶然にもケンゾーさんの弟山下紀年さん(81)が顔を見せたので聞いてみた。「きれいなものが好きやったな。きっとパリから見たお城や」。ああ、なるほど。異国で夢見た古里の城か。
アクリエの緞帳は西陣織の技法で織られた「錦」。ケンゾーさんは人生の最後に故郷に錦を飾ったのだろう。(上杉順子)
【姫路のホールの緞帳】ケンゾーさんは1991年にオープンした姫路キャスパホール(姫路市西駅前町)の緞帳デザインも手掛けた。こちらは朝の光の中で咲き誇る大輪のバラを描いた「黎明(れいめい)」。また、姫路市文化センター小ホールの緞帳は、姫路ゆかりの抽象画家、杉全直(すぎまた・ただし)の「暁」を基にしている。尾田龍の「はりま野」をあしらった大ホールの緞帳ともども、閉館後の行き先は決まっていない。
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